オランダ暮らし満30年、やっぱり翻訳つづけてます!
by orandanikki
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2016年11月26日

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きのうはひさしぶりにライデンのお母さんと

ごはんを食べてきた。


お父さんは会合があったので

出かける前にちょっとだけ話した。

日本でのこと、喜んでもらえてよかった。


いつもは3人で話していると

お父さんとお母さんが軽く揉めて、

3人でうまくバランスが取れるのだが、

きのうはお母さんとわたしが何度か

意見がちがってめんどくさいことになりかけた。


息子の彼女のご両親のおかしなところを

相談していて、思い出した。

この人たちも、わたしにはとてもいいけれど、

自分の子どもたちにはそうでない面もあったのだ、と。


それはたぶん永遠の法則。

わたしの父だってわたしには信じられない暴言を吐いても

他の誰かには恩人のような位置づけの

やさしい人だったのだ。


それで世間はうまく回っている。

実の親、血のつながり以外に

お父さん、お母さんと慕える存在を

つくれば、みんなが嬉しくてちょうどいい。


plascontract(ナーシングホーム入居時に

トイレに行く時間を決められ、

同意のサインをしないとけない、という社会問題)について

話していたとき、

ちゃんとわからずに施設側を擁護する発言がはじまったので、

もうめんどくさくなって

「わたしはいま、トイレに行きます。

もしそれが許されるなら」と冗談を言って

さっさとトイレに行ってしまったわたし。


オランダ人か?! っていうような冗談を

言ってるよなぁ、と思いながら。


でも、そうやって意見が合わないことや

ちょっとイラっとくることも含めて

自分の家にいるみたいな感覚だった。


そして、思っていることを

のびのびと言えるオランダの人間関係が

やっぱりいいなと思う。


いっしょにキッチンに立つのも楽しかったし。


ほんとうにありがとう、の気持ちを

いっぱい伝えて帰ってきた。


ちなみに、お料理はモロッコ風の

おいしい鶏とクスクスでした。
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by orandanikki | 2016-11-26 20:27

2016年11月24日

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テレヘンさんがバースデーカードのお礼をくださった。


きのう、郵便受けを夕方見に行ってなかったので

入ってそうな気がしたら、やっぱり入っていてうれしかった。


日付けが20日になっている。

お誕生日、アムステルダムの図書館とアントワープでの公演、と

行事がつづいた翌日。

きっと大勢の方にお礼を書いたにちがいない。

こういう誠実さ、すごく尊敬する。

75歳になって、エラい作家でも、変わらないところも。


わたしも、手紙にはすぐに返事を書くように

母に言われて育ったので、親近感もある。


父も、なにも書いてない年賀状はいらない! と

よく憤慨していて、

かならずなにか書き添えるように言っていた。


テレヘンさんは、日本での展開、すごいね、

とっても感謝している、と書き添えてくださっていた。

それだけでとっても嬉しい。


言葉によって人と人がつながれるーー

あたりまえだけど、ステキなこと。


夏の終わりにアンケから聞いていた

新刊も送られてきて、

ちょうどテレヘンさんばかり読んでいるところだったので、

楽しみだ。
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by orandanikki | 2016-11-25 01:25

2016年11月23日

昨夜は女友だちと2人でインド料理。

会うのはまだ3度目のオランダ人。

文化人類学を学んだ者どうし、という親近感もある。


彼女の家で食事をしたとき、

年下の外国人のご主人が

数年後にまだ自分に興味をもってくれているか

わからない、とご主人を前にして言っていたので

大丈夫でしょう、とちょっと困って言ったのだった。


最近のFBの投稿から

まだ大丈夫だったね! と言えると思っていたのだが

実はあのときの会話からほどなく

別れていたそう。


FBのつきあいではわからないことが

やっぱりたくさんある。


父が亡くなったことを知らせたときに

悲しいかどうか、聞いてくれたのだが

父との複雑な関係性をメッセージに書く元気がなかったので

返事していなかったことを

インド料理を食べながら話した。


あなたのご両親はまだ健在? と聞くと、

父親は自分が10歳のときに

心臓発作で突然、亡くなり、

母親も20年以上前に亡くなった、とのこと。


しあわせな家庭でとつぜん、お父さんが亡くなってしまって

どうやって立ち直ってきたのだろう……


そして、離婚がショックでしばらくは誰にも言えなかったと

言ってたけれど、そのショックからは

どうやって……


色々と聞きたかったけれど、

まだそこまで突っ込んで聞けなかった。

聞けばふつうに教えてくれたかもしれないけれど。


少しずつ、仲良くなっていけるといい。


時間をかけて色んな人と色んな話をして

おたがい少し得るものがある関係。

それがオランダ暮らしの根源。

それは受動的に得られるあらゆる種類の情報とはちがう。

わたしだけの、フィールドワーク。


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by orandanikki | 2016-11-23 19:39

2016年11月18日

今日はテレヘンさんの75歳のお誕生日。

ケリド社でパーティーがあったはずだけど、

テレビのニュースや子どもニュースには出てこなくて

テレヘンさんらしく、なるべく目立たぬようにしているよう。


朝の生放送のラジオで、物語を1つ、朗読されていた。


『だれも死なない』にのっている

「ぼくはカメ」というお話。

よかったらこちらから聴いてみてくださいね。


ラジオでのおしゃべりは必要最小限。

(お誕生日おめでとう、と言われて)「ありがとうございます」


朗読後、(ケーキはありますか? と聞かれて)

「後で届きます」と照れ笑いして、

「さようなら」でおしまい。


……テレヘンさんらしいなぁ。



以前、観にいき、ハリネズミのあとがきにも書いた音楽家たちとのユニット

Het Willselend Toonkwintetの新たな公演

〈Wij weten wie wij zijn(ぼくらは自分が誰だか知っている)

がはじまるので、当分はとてもお忙しそう。

(ちなみに、このタイトルは〈ぼくはカメ〉の中のセリフからとったもの。)


明日がアムステルダムの図書館で、あさってがアントワープ。

その後もいろんな街で公演がある。

とっても楽しいので、機会があればぜひ行ってみてくださいね。


数日前、また増刷になったことをお知らせしたところ、

とっても喜んでくださって、

「ほんとうに(日本での展開を)すごいことだと思っています。

みんなにそう伝えて!」とメールをくださった。

――ということを、ここで伝えさせてください。


啓文堂書店の文芸書大賞のことも、

テレヘンさん、ケリドの方たち共にとても喜んでくださっています。

ほんとうにありがとうございます!


春ごろに、いま訳している本のゲラができてきたら、

またテレヘンさんに会ってもらおう。

それを楽しみに、

いまはいつもどおり地味~にがんばります。



* * *



きのう届いたすごいプレゼントーー

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祖敷大輔さんが「素晴らしい作品との出会いに感謝しています」という

お言葉を添えて、送ってくださった。

宝物にします!


1冊の本をきっかけに

嬉しさの輪が日本とオランダで広がる、ということに

しみじみと喜びを感じる。


これもすべて、

75年前の今日、テレヘンさんが生まれてきたからこそ!


そう思うと、ちょっとクラクラするくらい

とくべつな日に思えてきた。
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by orandanikki | 2016-11-19 05:43

2016年11月15日

EenVandaagでやっていたルポルタージュがとてもよかったので。

Scholier als buddy voor een vluchteling←こちらよりどうぞ。


難民の高校生に1人ずつバディがつく、という試み。

難民全員にバディがつけばいい! と担当者が言っているのを聞いて

ほんとうに! と思った。


わたしも常々、温かな食卓をオランダ人家庭でいっしょに囲ませてもらうたびに

これがあれば、人はまちがった方向に進まない、と思っていた。


どんどんオランダが好きになる→オランダ語がうまくなる→

社会に居場所を感じられる……というように

小さなことから社会全体としてよい方に向かっていける。


ライデンのお父さんお母さんに感謝するたび

〈おたがい〉ということを言ってくれた。

いくら与えても、わたしからなにも返ってこなければ、

こんな関係は生まれていなかった、と。


温かな食卓の風景は永遠の宝物。

ユーケスさんの笑顔も頭のなかにしっかりとある。


多くの難民があたたかなオランダ人に出会えて

オランダがもっとステキな場所になっていくことを祈りつつ。
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by orandanikki | 2016-11-16 05:24

2016年11月9日

今日はトランプが大統領に選ばれた日だけれど、

わたしにとってはユーケスさんのお葬式でした。


インタビューをさせてもらった息子とともに

身近な親族だけのお葬式に呼んでいただいた。


娘さんのモニックが疲れやすいので

負担にならないように、少人数をユーケスさんが

選んでいらした、とのこと。


『よい旅を』を訳す上で何度も話し合いをしているうちに

人生について、いろんな話ができる間柄になった。

父とわたしの困難な関係についても

モニックといっしょに耳を傾けてくださった。


モニックにお悔やみを述べるはずが

涙が止まらなくなってしまったわたしを

モニックのほうが「わかるよ」と慰めてくれた。


ユーケスさんとは自分の父親とよりもずっとよい会話ができた。

それは、ユーケスさんがどんなときも

上から目線でなく対等な人間として

話をしてくださったから。


ずっと泣いていたのは、

父のお葬式もこんなふうだったのかもな、と

想像もしたから。

遠く離れているので、

死を実感しないままになっている気もする。


父も、わたしとは母方の親戚への生涯の不満とかもあり

うまく折り合うことができなかったけれど、

他の人たちにとってはこんなふうに

やさしくて、お別れが寂しい存在であったはず。


血でつながった関係がすべてじゃない。

短い期間でも、ユーケスさんと深いつながりがもて、

お父さんのように感じることができたことが

とても貴重に感じられる。


あなたがウィレムの本を翻訳したんでしょう? と

声をかけてくださる方もいた。

温かな人たちの会でした。


数年前、ユーケスさんの本を翻訳するにあたり、

まず読まなきゃ、というときに

モニックに電話をかけたらインド旅行中で

息子のアレキサンダーくんが本をわたしに送ってくれたのだ。


ユーケスさんがさいごにお電話くださった直前に

アレキサンダーがテレビに出ていたので

ユーケスさんとその話をした。

「(ユーケスさんが)あなたのことをとても誇りに思っていると

言ってたよ」と伝えることができた。

直接、自分に「誇りに思ってる」と言ってくれたかは

思い出せないから、いま聞けてうれしい、と言ってもらった。


よかった。

祖父のことを不滅のスーパーヒーローと思っていた、と

スピーチしていた彼に伝えることができて。


日本軍の刑務所で命を落とさず

100歳まで生きられたユーケスさん。

人生のさいごに出会うことができて、

日本の方たちにも本を読んでもらうことができてよかった。


これからも、ひとつひとつの出会いを大切に

残りの人生でできるかぎり

自分なりの方法で日本とオランダをつなげることができれば、と思う。
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by orandanikki | 2016-11-10 05:43

2016年11月7日

今日はInez先生の家にあそびにいってきた。


息子の4歳・5歳の担任だった先生。


わたしはオランダ人の中でとっても緊張していたし、

息子もはじめての日(4歳の誕生日を迎えた子が

1人ずつクラスに入ってくるシステム)、心のなかで

Niet huilen, niet huilen(泣かない、泣かない)と

自分に言い聞かせていたそう。


同じ学校にあった2歳半からのクラスから

Inezのクラスに上がったとき、

わたしはちょうど仕事で日本に行っていたので

父が助けに来てくれていたのだった。


男まさりでバイクに乗っていて

ちょっぴり恐いけれど、

子どもたちを惹きつけて

楽しいことがたくさんあったクラスだった。


息子もわたしもInezに鍛えてもらった感じ。


そんなInezは6年前に事故に遭い、

車椅子生活になってしまった。

電話では聞いていたけれど、

事故後、お目にかかるのははじめてだった。


リハビリに1年かかり、

不自由な体で生きていくことの意味を考えたけれど、

家に帰ってきたら、家の中にエレベーターもできていて

すっかり自分が暮らせるようになっていたので、

もうちょっとやってみよう、と思ったそう。


いまは庭に造ってもらったアトリエで

芸術作品をつくり、

車椅子や車でどこにでも出かけ、

充実した日々を送っている。


事故までの人生は過去のものとして

後ろ向きにネガティブにはならないそう。

自分があまりにシンプルになりすぎてないか、

心配になるくらい、と笑っていた。


そんなポジティブな姿を見せてもらえるだけでも

ありがたいことだと感じる。


電話をくれたのは、友だちの息子Tくんが

日本に行こうとして日本語を勉強しているから。


「ひとりで行くの?」とか

「はじめてでそんなに長く行くの?」とか

おばちゃんは心配になって聞いてしまったのだが……


「そうだった、わたしもひとりではたちのとき、

ヨーロッパに来たんだった!」と思い出した。

「ぼくはその逆をやろうとしてるだけ」と言われて笑う。

わたしにできる方法で、応援したいと思う。


こんなに長く深くInezと話したのははじめてだったけれど

とっても楽しくて、

これからずっと友だちでいられそう。


縁がある人とは時間があいても

再会して仲良くなれるものなのだな。


わたしが『だれも死なない』を訳したことも

覚えていてくれたので、

ハリネズミのこともとっても喜んでくれた。


17年前、オランダ語は話せたけれど、

社会のことはいまほどわかっていなかった。

いまならInezが車椅子生活になって

福祉のどういう問題に直面しているかもわかる。


自分のことを話せたり、世間話ができるだけでも

オランダ人との距離はぐっと縮まるが、

社会のことを話すのが好きな人たちなので

それもできたほうがもっとずっと楽しくなる。


日本語をはじめたばかりのTくんに

わたしもいまでも毎日、あたらしいオランダ語を知って、

それがとっても楽しい、と話した。
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by orandanikki | 2016-11-08 05:46

2016年11月2日

ものすごくひさしぶりに

4歳から2年間、息子の担任だった

Inez先生から電話があってビックリ。


とにかく電話嫌いなので

最近はつけてさえいなかったのに

たまたまオンになっていた。


色々話したのだが話し足りなかったので

近々、Inez先生の家にあそびにいくことにした。


息子が5歳くらいのとき、

クラス全員の子どもと親であそびに行って以来だから

17年ぶりくらい。

オランダ人の中にまじって先生の家に行くことに

ドキドキしていたのがなつかしい。


Inezのところに行く話を

息子の数年後にInezのクラスになった

日本人の女の子のお母さんである友だちに、

話したいな、と思っていたらーー


夕方、ぼんやり韓国の店で買い物しているとき、

「あ、さきさん!」と

まさしくその彼女が声をかけてくれた。


ちょうど考えて、会いたいと思っていた話をすると

なんとなくここに来ちゃった、と言っていた。


やっぱり、

テレパシーが電話代わりにはたらいてくれる感じ。


おかげで娘さんの近況も知れたので

Inezに伝えてこよう。


* * *


最近、好きなもの。

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5番トラムが一時的に迂回しているので

たまたま見つけたマカロン屋さん。


夫と外食した帰りに見つけて

ふらっと入った。


6個、箱に詰めてもらってから

「やっぱりそのうちの2個、すぐ食べたい」と

出してもらったら、

「わたしから、ということでこのケーキ2個

もっていかない?」とかわいいのを2つプレゼントしてくれた。


閉店前に残っていたものだけど

「今夜食べたらおいしいよ」と言って。

とっても嬉しかった。


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名前がわからないのだけれど

中はカスタードのモチっとしたようなの。

マカロンはイマイチの息子にも好評だった。


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チェストナットというこのマカロン、

真ん中に抹茶のものが入っていて

和な感じでとても気に入った。

あんまりおいしいので2日後にまた買いにいってしまった。


もうひとつはYuzu。

夫はこれがいちばんおいしいそう。

わたしは明日のお楽しみ。
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by orandanikki | 2016-11-03 05:54