オランダ暮らし満30年、やっぱり翻訳つづけてます!
by orandanikki
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2015年9月28日

今日はジムに行く途中、道で話しかけられた。

「きれいなお嬢さん」って(大爆笑)

電話してもいい? とまで言ってくれた。

声をかけてくれたおじさんの年齢が

数年前までとはちがって上がっていることも含め

興味深かった。


52歳で〈きれいなお嬢さん〉と呼ばれて

うれしくない人はいないと思う。

おじさん、よっぽど目が悪かったにしても。

ありがとう! としか思えない。


* * *

何年も前に免除になったはずの

移民が受けないといけないオランダ語の試験。

また話が蒸し返されて、

試験受けてないから200ユーロ払わないといけない通知が来た。


すぐに連絡を取り、

1990年に受けた最上級のオランダ語の試験の証書を送ったのだが、

〈certificaat(証書)〉は〈diploma(証書)〉ではない、と

電話がかかってきた。


どんな仕事をしてるの? と聞かれ

文学の翻訳をしている、

『天国の発見』も『ヨーロッパの100年』も訳した、

(そんなわたしがこんないちゃもんつけられるなんて)

こんな変な話はない、と言ったら

そのとおりだね、と言われる。


必要な書類をぜんぶ揃えたので、

問題なく免除されるはず。

やれやれ。


* * *

リッチモンドのロードレース世界選手権で優勝した

スロバキアのペーター・サガンのインタビューが

難民の状況を考え、

世界の人々に訴えかけるすばらしい内容だった。

(わたしはDe wereld draait doorのMart Smeetsの

話で知った。)


いっしょうけんめい考えながら英語で伝えようとする姿、

とてもカッコよかった。

見習いたい。

こちらに動画が入っているのでぜひどうぞ。


みんながそれぞれの方法で世界を

よりよくしていけますように。
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by orandanikki | 2015-09-29 05:36

2015年9月25日

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今週は息子の大学(学士)の卒業式でした。


指導教官からのスピーチには2つのインターン先で

如何に息子の存在がみんなに喜ばれているかを

盛り込んでくれているのが

本人も嬉しかったよう。

「他の学生のスピーチではほとんど卒論のことばかりだったから

ぼくのはよかったよね」と話していた。


親としてもちゃんと社会の一員として

歩みはじめていることはとてもうれしい。


外でのオトナな顔とは打って変わって

彼女を連れて帰ってくるとき

彼女の声を真似て入ってきて

「ハハハ、☆☆☆はいないんだよ」と

ほんとうはいるのに騙そうとしたり、

えらい子どもっぽかったりもするのだが。


スピーチのあと、証書をもらうとき

だれか1人が写真を撮りにいくという手順。

最初は夫が行くはずだったのだが、

「トマはあなたが来たほうが嬉しいと思う」と

彼女に言うと、彼女が行くと言うので。

きっと彼女も誇らしかっただろう。


息子もパパが来ると思っていたから

彼女が来て嬉しかったと言っていた。


よかったね、

ディプロマも、ステキな彼女がいることも。


以前、うちに食事に来た2人の女の子たちも

がんばって、よい卒論を書いて卒業した。


はじめて会ったアンティル諸島から駆けつけたお母さんと

一気に仲良くなった。

「トマはうちの娘の弟みたいなものだから」と言ってくれた。


女の子たちに「またうちに食事に来てね」と言うと、

「またお箸でごはん食べるのね!」と楽しみにしてくれた。


みんなよかった!

わたしも、お母さん、がんばりました。

〈オランダ人の夫に丸投げ〉ということができなかったおかげで

進学のたびに考えたり、先生と話し合ったり

自分で判断したりして

ここまで来るの、楽しかった!


もう大人になっちゃって寂しい気もするが、

これからまた新たな目的を見つけて

がんばっていこう。


そんな想いをますます強めてくれる出会いも

今週はあった。


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ランチをごちそうになり、いろんな話をさせてもらった。


会っているときは楽しいだけだったのに

翌日、夫にそのときの話をしていてふと

「それはこの人がすごいっていうことだよね?!」と気がつき、

じわじわと感動が胸に広がっていった。


すごい人! と相手に思わせずにすごい人であることーー

それはもっとすごいことのような気がする。

いっぱい得ることのできたインスピレーションを

たいせつにしよう。


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帰りに車窓から見た夕陽がきれいで、

ここまでの歩みとこれからを

噛みしめながら、じっと見ていた。
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by orandanikki | 2015-09-26 05:15

2015年9月19日

ジムにて。

トレーナーのおばあさんが亡くなり、

きのうがお葬式だったと聞く。


97歳で、ひとり暮らしをつづけていることが

苦痛であったおばあさん。

よい人生を歩み、もう十分、生きたと

本人もまわりも思っていたのだから、

安堵のほうが強いかと思ったけれど

話しているうちにトレーナーが泣きそうになっていた。


アメリカに住むお父さんは間に合って会えたけれど、

自分は最期の瞬間は

かけつけたけど10分前に亡くなって会えなかったことを

聞いているうちに、わたしも

大好きだった祖母の死を母に電話で告げられたときのこと、

半年前、父の死をベッドのなかで聞いたときのこと、

いつかは息子も味わわなければならないことが

いっぺんに頭に浮かんで、

もらい泣きしそうになった。


エモーショナルになってしまうね、と

ぎゅっと一瞬、ハグ。


ジムには体を鍛えに行っているのだけれど、

色んな人と人生の話をする場所にもなっている。



* * * * *


今日の朝と昼と夜の窓の外。

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雨のようやく上がった朝。



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また降りそうになってきた昼。(降らなかった。)



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晩ごはんのあとのきれいな雲。



晩ごはんは定番の2日目ポトフのカレー。

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もどした乾燥大豆はやっぱり先にルクルーゼでじっくり煮たほうがおいしい。

オーガニックの鶏手羽も彼女が食べやすいようにほろほろになるまで煮込んで。

そして、カレーのルーはやっぱりジャワカレーがダントツにおいしいね、と

夫と意見が一致した。


きのう泊まっていっしょにポトフを食べた彼女。

なぜかスプーンを使わず、お箸だけで食べていた。

食後にキッチンで「使わなかったから」とスプーンを返すとき

ちょっぴり誇らしそうだったのがかわいかった。


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この夏、母のご近所のかわいいお母さんと息子くんにプレゼントしてもらった

おそろいのお箸がうれしいのかも。



日本で母に作ってくれた彼女のカレー。

わたしも1度、食べてみたくてリクエストしてみた。


肉ばかりで野菜を食べない家に育った彼女が

わたしたちと食卓を囲むようになり、

遠くの街でのインターン中はずっと

野菜たっぷりのお弁当を作ってもっていくようになった。


いいものを伝え合っていく関係がうれしい。

彼女のカレーはどんな味でも

わたしにとってはうれしい味にちがいない。
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by orandanikki | 2015-09-20 06:18

2015年9月15日

父が亡くなってちょうど半年。

朝、とても嬉しい仕事のお話が来て、

また父からのプレゼントのような気がした。


眠さと嬉しさでぼ~っとして

(インターン中の息子にまたサンドイッチを作るようになったので

とても早起きなのだ)

朝食を食べながら、考えていたこと。


*今朝はなぜか突然、父の写真に心のなかで

はじめて(泰孝さん)と声をかけていた。

それがよかったのかな?


*わたしたち、おなじ世界にいるよりも

天国とこちら側に分かれているほうが

いいチームワークだね……


*父のことを〈他者〉として考えるからむずかしいんだ、

自分の体のなかにあるものと思えばもっとしっくりするのかも。

だって、鏡を見ればそこに父の姿が見えるのだから……


そんなことをぼんやりと考えていたのだが、

それは意外とあたっていることなのかもしれない。


きのうは友だちが

さき! いつまでもお父さんの批判的なことを

考えるよりも、いい面を見ていこうよ! という言葉をくれて、

一瞬、泣きそうな気持ちになったのだが

特別な友だちだったので、うんうんと思えた。


暴言を吐かれたつらさは彼女にはわからないだろうけれど、

この年になって敢えてそんなことを

こちらの気持ちを汲みながら言ってくれる人はほとんどいないから。


〈大学教授〉とか考えず、ふつうのおじちゃんが

娘に負けたらあかんと対抗してたら

かわいいって思えるでしょう?! って。

それもそうだ!


とにかく、天国からプレゼントをくれる、というのが

勝手なわたしのつくり話であっても

もしかしたらほんとうに父がやってくれていないとも

けっして言いきれないので、

わたしはわたしの気持ちどおりに

やっていこう。


ということで、また食卓に父の写真を並べて

いっしょにハーリングの晩ごはんを食べました。
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by orandanikki | 2015-09-16 05:48

2015年9月12日

息子の小学校時代のことを考えたばかりのきのう、

ひさしぶりにジョルジにばったり会った。


子どもたちをとおして知り合ったハンガリー出身の翻訳者仲間。

ハンガリーに押し寄せる難民の波のことが頭の片隅にありつつ、

自分たちの話がどこまでも尽きなくて、

そこまで話が回らなかった。


おたがい父親が亡くなり、

母親の年齢がおなじで、

外国に住んでいて……


長い立ち話のあと、

ぎゅっと抱き合って別れた。


家で仕事をしているので

片づける時間がなくて

なかなか招待できないのもお互いさま。



それでもこうしてたまに会うだけで

少しだけ支え合っている感じもいい。


仕事の話をしていて

「そうだ、これを見て!」とカバンから出したものーー


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ジョルジもトーン・テレヘンが大好きだそうで

よかったね! と喜んでくれた。


新潮社の雑誌〈波〉の中綴じ、

あるいはクレスト・ブックスの冊子で

見てみてくださいね。


今日はひさしぶりに夫とお茶。

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ちょうど下に書いてある

〈魂でえらぶ〉という話題になった。


思い描いていることが少しずつ実現できている感じを

たいせつにしよう。


ハリネズミくん、

ものすごく面白いので

楽しみにしていてくださいね!
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by orandanikki | 2015-09-13 00:17

2015年9月10日

鬼怒川の氾濫、大変なことになっていますね。

被害に遭った方々に心からお見舞い申し上げます。


流れていく家を見て、

一瞬にして変わってしまう運命の残酷さについて考えた。

なにもない日常のありがたさを忘れないようにしなくては。


そして、こちらでは毎日々々、

難民のニュースを延々と見ている。


わたしは難民であったわけではないので

気持ちがわかるなどとは言えないけれど、

移民であるからか、

自分も彼らの立場にあれば

同じ選択をしたと思うからか、

ヨーロッパを選んだ、という点では同じであるからか、

やはり他人事とは思えない。


そういえば、息子の小学校には

難民の子どもたちと親たちがふつうにいた。


アフガニスタンから来たチャバナちゃん。

たどたどしいオランダ語で

「わたし、チャバナ、わたし、ゾウ」と言ってたっけ。


お母さんはいつも笑顔でさっそうとバイクに乗っていて、

「ホームシックにならない?」と聞くと

「アフガニスタンにはいいことがなんにもなかったから、

ここが天国!」と笑っていた。


ソマリアから来たアブディラビとハムザ。

息子は記憶がギリギリ残るくらい小さかったけれど

彼らの家ではじめて手づかみでスパゲティを食べたことを

よく覚えていた。


アブディくんがオランダ語で作った歌を

息子がカッコいいと言ったので

紙に書いておいたのがいまも残っている。


お母さんは離婚して、

恋人がカナダにいるので

みんなで移住してしまい、とても寂しかった。


オランダの小学校はインターナショナルスクールのように

多国籍で、学校のパーティーが楽しかったな。


オランダ人のなかでぽつんとする寂しさを知っていたから、

学校では積極的に話しかけて

オランダ人との橋渡しをしていたのだった。


* * *


昨夜のPauwに3人の若い女性が来ていた。

20年前に難民として来た人と、

両親が難民でオランダで生まれた人と、

1年前に難民として来たばかりの人。


最初の2人が現在の押し寄せる難民の波に対する

一部の寛大でない人たちの言動を不安に思っているのに対し、

1年前に来た人はまだここにいるのが嬉しいだけ、というのが

印象的だった。


1年で随分、上達したオランダ語が

オランダ人と同じくらいうまくなったとき、

彼女はどんな気持ちになっているのだろう?

社会の色んなことが見えて、失望しているのだろうか?


両親が難民で、自分はオランダ生まれのオランダ人という女性も

「わたしはオランダ人だから関係ない、とはぜったいに思えない。

自分も難民だと思う」ということを言っていた。


そのあと話をした歴史学者のヘルマン・プライは

難民の波はいまにはじまったことではなく、と

15世紀からの難民の歴史を話していた。


歴史をさかのぼれば、

色んな人たちがよそからオランダにたどり着いたんだ。


息子の孫の孫のころには

わたしたちもすっかり混ざり込んで

ヨーロッパの一部になっているのだろうか……?


わたしは難民ではなかったけれど、

ひとりでヨーロッパを旅して、

本で読むより先に〈アムステルダムは港町で

よそ者に寛容〉ということを肌で感じ、

魂がここに住むことをえらんだのかもしれない。


まったくとりとめのない文章だけれど、

難民の人たちとうまくやっていける社会でありますように。
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by orandanikki | 2015-09-11 06:33

2015年9月4日

昨夜は打ち合わせでレストランへ。

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メニューのないお店にはじめて行った。

基本的にはシェフにおまかせで5品なのだそうだが、

みんなそんなに食べられないので3品にしてもらった。


牛タンの上にアーティチョークなどがのったきれいな1皿目。

(この前にたっぷりアミューズがあって

それだけでおなかがいっぱいになりそうだった。)


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タコとジャガイモを細く切ったパスタなど。

ジャガイモのパスタにちょっと違和感を感じたがタコはうれしかった。

(ちゃんと事前にタコを食べられるか、聞かれました。)


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ラム肉もおいしかった。


会話に神経を集中していたので

ゆったりと味わう感じではなかったのだが

いつか機会があればあらためて行ってみたいと思った。


こちらのレストラン→Beulings


きれいでてきぱきとした中国系のオーナーが

食べ終わってお茶を待つわたしたちのテーブルに

おもむろにナイフとフォークを並べ出して

4人分、並べてようやく「あ、まちがえた!」と気がついて

みんなで笑ったのだが、

そのときの彼女のぼんやりしながらてきぱきしている感じが

とってもチャーミングで印象的だった。



肝心の打ち合わせは内心ドキドキだったのだが

とても楽しく盛り上がった。

レストランに行く前、ご自宅で話しているときから

「もうすでにとっても興味深いね!」と言い合うほどに。


この感じをうまく伝えられて、

多くの人と共感しあえるように準備をしていこう。
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by orandanikki | 2015-09-04 23:05

2015年8月31日

先週末。

息子の21歳の誕生日を地味~に4人で祝ったあと、

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(アイルランド産とアルゼンチン産を食べ比べ。

どちらもおいしかったけど息子はアイルランドが好みだったよう。

わたしはアルゼンチンかな。

アイルランドのほうが柔らかくてアルゼンチンのほうが噛みごたえがある感じ。

どちらも旨みのあるいい肉だった。

いちばん上がアイルランド産)



夫と2人でヘンな乾杯。


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なんじゃこりゃっていう写真だが、

こんな気分だったのだ。


育ってきた環境がち~がうから~、とやっぱり

〈セロリ〉が頭のなかに浮かんでくるが、

気が合わない夫婦だよね~、と2人で冗談を言いながら

それでもよく1人の人間が大人になるまで

いっしょに力を合わせてやってきたね、という気持ちで。


息子が生まれてはじめて外を1人で歩いているときに

あの人も、この人も、み~んなお母さんのおなかのなかにいたんだ!! という

あたりまえのことに衝撃を覚えた瞬間がなつかしい。

それまでとは世界がまったくちがって見えた。


* * * * *


今日、ジムで仲良しのおばさんが

ご主人と離婚の危機、という話をしていた。


「考え方がぜんぜんちがうの」という彼女に

「わかるわかる! 何年いっしょにいても

ビックリするくらいちがうよね!」

「バックグラウンドがぜんぜんちがうし…」

「どっちが正しいのか、話してるとわからなくなるの」

「でもわたしはやっぱり自分が正しいって思うんだよね~」

「わたしも実はそう。男ってどうしてあんなにわからないんだろうね?!」

「そうそう、男ってほんとにね!!」

……と大いに盛り上がった。


もちろん、男だっておなじように思っているのだし、

結婚生活をつづけていくのは奇跡のようにも感じる

なかなかタイヘンなこと。


「でも……」とわたし。

「やっぱりだれかといっしょにいられるよさはあるよね。

だれか別の人に恋をしてるとかでないならば

なるべくいっしょにいたほうがいいんじゃないかな」


10歳年上の彼女に自分がそう言っているのも

なんだか可笑しかった。


ジムにも夫婦で仲良くいっしょに来てるし

年の半分は海外に2人で自転車旅行に行ったりしてるのに、

夫婦のことは外から見ただけではわからないものなのだな。


我が家も然り。

仲良さそうに見えても、

ふとしたきっかけにいくらでもすさんでくるものだから

時間をつくってはたらきかけつづけることは必要。


だからやっぱり、

赤ちゃんがおなかにいた感覚はわたしにしかわからなくても

それぞれの方法でいっしょうけんめい育ててきただいじな息子が

1人で色んなことを考えて

人生をしっかり歩んでいることは

素直にいっしょに祝いたいと思って、

この夏のブームだった

テイクアウトのお茶で乾杯したのだった。


エジプト出身のスナックバーのおじさんが

「エジプトでは午後5時にミルクたっぷりのお茶を飲むんだ」と話してくれて

熱々のカップにナプキンを巻いて

「濃いお茶にミルクたっぷり」と渡してくれたもの。

しみじみとおいしかった。


明日から9月。

まずは勉強会や日本からいらした方との打ち合わせ。

息子もすでに新しいインターンシップをはじめているし、

わたしも秋に向けてがんばろう。
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by orandanikki | 2015-09-01 05:32