オランダ暮らし30年目、やっぱり翻訳つづけてます!
by orandanikki
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2015年8月26日

昨夜はひさしぶりに近所の友だちのところへ。

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お母さんの味のシメジのお寿司をごちそうになる。

しっかり味のしみた煮物と、

高級だし塩とレモンでさっぱり味のキャベツとラディッシュのサラダとともに

たくさんおかわりして堪能させてもらった。

(たまごのすまし汁とキュウリとパプリカの浅漬けもおいしかった。)


いつもどおりいっぱいおしゃべりして

いまからすでに次回のおしゃべりが楽しみになりつつお別れ。


今朝、気がついたら

昨夜はちょうど28年前にオランダに留学してきた日だった。

心のこもったお料理でいっしょにお祝いしてもらったようで

じんわり嬉しい朝だった。

ありがとう!


今日はひさしぶりにーー


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ユーケスさんのところへあそびにいってきた。


(左下の本『よい旅を』にスケッチされているスプーンを

コーヒーの前に広げてくれた写真)



お元気そうで、娘さんが朝から作ってくれていた

おいしい赤パプリカのスープやザクロや豆のサラダを食べながら

(ザクロの種までバリバリ食べたの、はじめて)

日本のことや体のこと、人生や前世についてなど

さまざまな話をときに大笑いしながらした。


戦争がテーマの本をとおして出会ったのだが

それで終わりにならずつづいていく友情があり

人間どうしとして率直に話し合えるのがうれしい。


99歳のユーケスさん、

わたしと同じ気持ちで〈成長〉することの大切さを語っていた。

わたしもおばあさんになっても

若い人と同じ目線で人生について語り合える人になりたい。


オランダ暮らし29年目、

よいスタートが切れました。
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by orandanikki | 2015-08-26 23:20

2015年8月21日

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この間。

息子の彼女が買ってきてくれた

カステラと生八つ橋とういろうの贅沢なお茶会。

食べながら、テレビで写真を見せてもらった。


今回は交互に病気をしてしまったのだが

そのおかげで彼女は息子のいとこと2人でスーパーに買い物に。

大学生になったいとこは

1年でしっかりと英語でコミュニケーションできるようになっていたそうで頼もしい。


翌日、彼女は1人でそのスーパーに買い物に行って

息子と母にカレーを作って食べさせてくれたそう。

母も自分のカレーよりもおいしいと言ってくれたらしい。

お世辞でもうれしい。


電話で話したときにわたしからも彼女にありがとうと伝えると

とても喜んで、作ってあげるのがうれしいのだと言っていた。


でも今度は彼女のほうが寝込んでしまい

息子が1人で三宮まで写真のプリントアウトと

晩ごはんの中華をテイクアウトに行くことに。


いままでほとんど1人で電車に乗ったことがなかった息子。

「運転手さんに下りるところで教えてくださいって言ったんだよ」とかなんとか

電話で冗談を言って、はじめてのおつかいのような冒険を喜んでいた。


昨年はどんなおみやげを買ってきてくれるだろう?! と楽しみにしていたら

頼んだもの以外、おみやげというものが一切なく

スーツケースいっぱい自分の服を詰めて帰ってきて

唖然として、険悪な雰囲気になったのだが、

今年はファッションから写真に興味が移り――




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スーツケースから何十ものフォトフレームが出てきてビックリ。

(これはその一部。)

「こんないいのが100円なんて信じられないよ~」とのこと。


入っている写真はおばあちゃんにプレゼントするためにプリントアウトしたけれど

あまりよくなくてボツになったものだそう。


おばあちゃんと忘れられない時間を過ごし

色んなことを考えて、戻ってきた。

「さきちゃん、恐いから~」と気をつかって

わたしが喜びそうなものも色々と買ってきてくれました。


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きのうはひさしぶりに4人で食事。

サーモンが少なめだったのでスクランブルエッグをプラスして。


今日は1切れ残っていたサーモンをほぐして、

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たっぷりワカメと海の幸のスパゲティ+エビのトッピング。


夏が終わりに近づき、こうしてまた3人や4人で食事をする

日常がもどってきた。


今日は仕事で確認事項があり電話をしたら

担当者が2人ともいなく、偶然、話した知り合いから

よい情報を仕入れることができた。

資料をたくさん送ってもらったので、

一気に進めていこう。


楽しみなお話にも声をかけていただいたので

練習しよう。



* * * * *


コンセルトヘボウに行ったときの

トルコ石のペンダントのこと。


握りしめて音楽を聴いていると

わたしは紛れもなく母だけでなく父の子どもでもあるのだ、という

あたりまえのことが強く感じられた。


とてもいい夜だったのに

帰りに5番トラムがミュージアム広場で乗ったとたん

動かなくなってしまい、

あわてて24番に走っていったため

チェックアウトを忘れてしまった。


父のペンダントのせい?

ヴァイオリニストにずうずうしく話しにいったのが

気にいらなかった?


……こういうのを心理学では〈magisch denken(魔法的思考)〉と言うそう。


幼い子どもが「こんなことが起きたのは◎◎したせい」と

こじつけて考えることだが、

大人にもありがちなこと。

そういうのは意味がないからやめなさい、と昔、心理カウンセラーに言われたのだ。


まぁ、そうだろうな。

たまたまトラムの調子が悪くて、

たまたまぼ~っとしててチェックアウトを忘れてしまっただけ。


そう思っても、正直、トルコ石のペンダントがやっぱりちょっぴりニガテで

天国の父と自分の関係が不安になってしまう。


きのうなど、あっちもこっちもどん詰まりの感があったのだが、

それでも今日は色んなことが面白く展開した。


大丈夫。

トルコ石のペンダントはやっぱりだいじにしよう。



ところで、コンセルトヘボウからとんでもなく遅く

夜中の12時15分に帰ってきて

息子が買ってきてくれた雑誌クロワッサンを読んでいたら

佐藤愛子さんが〈ケンカのない人生なんて〉というタイトルで

こんなことを語っていた。(長い引用です)


「でも、やっぱり私は、情というものが大切だと思うのでね。

肉親や家族を否定すると、その上のもとになる感情が根絶やしに

なってしまうような気がするの。

大いにケンカしたり、憎み合ったりすることも、

ひとつの情の表れなんだから」


「……だけど、情を抜きにした、すっきりした人生なんていうものが、

そもそも私には面白いとは思えないんですよ。

生きるというのは、したくないこと、面倒なことの連続。

ケンカのない日々なんて、気の抜けたビールみたいなものでしょう?

集まればケンカになるかもしれないけれど、

でも、家族だからできるという部分もある。

それを本気で否定するのなら、完璧に孤独に徹する強さを

持たなくちゃいけないでしょうね」


これを読んで少し気が軽くなった。

そして、これと同じようなことを

弔問に来た父の同僚の先生方が言ってくださり、

父とわたしの数々のすさまじいケンカを

楽しそうに笑って、愛情の裏返しとも言ってくださったのを思い出した。


とてもとても濃く苦しい関係だったけれど

あんな想いをできたことも貴重な体験だったのだ。


仲のいい親子は無条件にうらやましいけれど

肝心なのはいまの自分が毎日、家族と楽しく過ごせていること。


だから、その日常の片隅にあるトルコ石のペンダントも

父の思い出として大切にしよう。



ちなみに〈クロワッサン〉は8月25日特大号。

〈人生の先輩に聞く

真直、生きぬく知恵。〉という内容で、とても興味深いです。




長々と読んでくださってありがとうございました!


おまけの写真。

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アルバートハインの雑誌allerhandeの卵の広告に

おにぎり入りの日本のお弁当が使われていたのが面白かったので。
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by orandanikki | 2015-08-22 05:51

2015年8月15日

今年は父の初盆のほうに気持ちが向かっていて

ハーグの式典はちゃんと見なかったのだが、

ちょうど若い女性がスピーチをしているのを聴いていたら、

昔、通訳をしたことがきっかけで

たがいの家を訪ねあったことのある方たちのひ孫の方のようでビックリ。


著者だったおばあさんからいただいて読んだBushidoという本の

話をされていた。

(あとでちゃんとスピーチを聴いてみよう。)


わたしはまだ20代だったけれど

ご夫婦を家に招待してランチをご一緒した。

お話しするのも料理をするのも緊張したのを覚えている。


国家どうしのことを一個人としてどうすることもできないけれど

草の根的に自分のまわりでできることだけは

心をこめてやってきた。


これからもそれはつづけていきたいと思う。


* * * * *

昨夜はコンセルトヘボウで大好きなブラームスのヴァイオリン協奏曲を聴いた。


さいごに父に会ったとき、

母や母方の家への生涯の不満をすべてわたしに向けて

コンサートに行くのも贅沢なように言われてしまったのだが、

もう亡くなったのだからそういうこだわりはなくして

いっしょに行こう、の気持ちをこめて

父がトルコで買ってきてくれたトルコ石のペンダントをつけていった。


父との関係の不穏さから、それをつけていて

あまりいいフィーリングではなかったので

つけるのを避けていたのだが、

もしそうだとしても、それも含めて受け容れよう、ときのうは思えたので。


ブラームスはいままで聴いたどの演奏よりもゆっくりだったのだが、

コンサート後に上のカフェで開かれた交流会で

ヴァイオリニスト、Sergei Khachatryanさん本人から

その心意気を聞くことができた。


(英語をパーフェクトに理解できないのだから

録音してくればよかった。

ブラームスのピュアな美と向き合えば、

〈テンポ〉などという言葉は関係ない、というようなこと。)


質問の時間もあったのだがさすがに勇気が出なかったので

終わったあと、セルゲイさんに駈け寄って

アンコール曲を教えてもらった。


舞台上での説明では故国アルメニアの曲、ということ以外

聞きとれず、何人かの人に聞いてもみな聞こえなかったそう。


とても悲しいメロディーで、

もっと陽気なアンコール曲でもよかったのでは、という気もしたけれど

それがとてもしっくりと心にまっすぐ入ってきたので

どうしても教えてほしかったのだ。


ボロボロな英語になってしまったが

大勢の人たちが待つなか、

わかりやすく書いてくれた。


YouTubeで探したら、ご本人の演奏で見つかった。


今年はちょうど第1次大戦でのアルメニアのジェノサイドから100年で

亡くなったアルメニア人に対する畏敬の念で

コミタスの民族音楽をアンコール曲に選んでいるよう。


ブラームスの音楽をつうじて

アルメニア人の気持ちに触れることになり

そういう意味でも音楽のもつ力を感じた。

ぜひ聴いてみてください。





世界じゅうの人が戦争の悲しみを遺伝子のなかに受け継いで

それでも自分たちにできる精いっぱいのことをして

おたがいによいものを与え合っているんだな――


そんな想いになれた夜でした。


父のペンダントのことはまたあらためて書きたいと思います。


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(左がセルゲイさん。

みんなに向かって話すときはクールでウィットに富んでいて、

英語ボロボロで熱心なアジア人のおばさんには

やさしい笑顔、温かく力強い握手でした。)
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by orandanikki | 2015-08-16 00:36

2015年8月12日


17歳、高校3年のときの日記より――


「9月2日(火)進研模試かえってきた。英語は学年でトップだった。

わー信じられへん、国語も17番、世界史は94人中36番。

総合では242人中10番。


S先生に『まあまあやな、もっとのびるわ』と言われてしまった、

『このくらいでうぬぼれるなよ、失敗すんで』という意味やろな、

後で嬉しそうな顔してたら、何か心配そうに見られたよーな…

しまっていこおー」


わたしは塾にも行っておらず、

ひたすら本を読んでいるぼ~っとした子どもだったので

この模試の結果ははじめての快挙だったのだが

結果を渡されるとき、ちょっと恐い顔でじっと見つめてこう言われたので

結果を見たときの意外さと喜びがいっそう大きかった。


ふつうの先生なら笑顔で「がんばったな!」と言ってくれそうなところなのに

なんてカッコいいセリフだろう。


このころから自分で計画を立てて1人で実行するのが好きだった。

自分でノルマを決めて進めた勉強がうまくいって

世界史の模試の結果は20点、40点、60点、とどんどん伸びていき

「次は80点やな」と言ってもらって

「えぇ、そんな……」と嬉し恥ずかしだったのは三者面談のとき。


変わった子どもだったわたしはクラスで1人だけ

親に話さず自分1人で面談を受けた。

親になんて自分のことわかられてたまるか、の精神で。

(なんとなく、わたしのそんなところも先生は認めてくれていた気がする。)


受験前さいごの面談でみんなが滑り止めを勧められていたなか

レベルの高い志望校を書いていたわたしにはなにも言わないので

「この志望校でいいんですか?」と聞いてみたら、

「長山やったら浪人しても大丈夫やろうから

どこでも好きなところ受けてこい!」というお言葉。


この〈長山やったら大丈夫〉はわたしの人生のおまもりとなった。

なにかあるたびに思い出して自分を励ましている。


ホームルームを学級委員の子たちがしているとき、

そっとわたしの机の前に座り

ひそひそ声で世界史の勉強の仕方について

延々とホームルームが終わるまで話したことがあった。


内気な子どもだったわたしは

急にそんな近くに先生がいて顔が真っ赤だった。

ホームルームが終わってから横に座っていた友だちに

「さき、ものすごい期待されとーわ」と驚かれたけど

いちばん驚いていたのはわたし。


でも、だれかが期待してくれるのはなんて嬉しいことだろう。

いまでもずっと覚えている。


* * * * *


いままでにも何度も書いてきた話ばかりだけれど

今日はその先生が日航機の事故で亡くなってちょうど30年という日だった。



先生と大人どうしとして話したいことがたくさんあるけれど

いつか天国で会えたら

「長山、よくがんばったな!」と言ってもらえるように

これからも生きていきたいと思う。
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by orandanikki | 2015-08-13 06:12

2015年8月11日

地味な日々の食生活。(一部、写真が勝手に回ってて見にくいです。)

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カレイの煮つけ。コラーゲンたっぷり。

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納豆で十分だね、という日。

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アルバートハインの生パスタとパスタソース割引の日。

ソースはおいしかったけど、パスタはもっさりしててリピートはなし。

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暑い日に、冷静パスタのビビンバ風。

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EkoPlazaのおいしい絹ごし豆腐は翌日のおやつに。

岸本葉子さんの本(『岸本葉子の暮らしとごはん』)で読んで真似してみたかったもの。

メープルシロップのかわりにパネンクークのシロップをかけて。

さっぱりとおいしかった。

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アルゼンチン産のおいしいお肉をちょっと、目玉焼きをプラスして。

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HEMAで2キロ5ユーロのムール。

小ぶりだけどとてもおいしかった。


写真はないけど、翌日はムールの汁をペンネで食べた。


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サーモンの甘辛ソース。

スープは前日のペンネと前々日の残りの汁で。

ムールのエキスを食べつくした(関節のために)。

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今晩はアルバートハイン製のフレッシュなピザ(クアトロスタジオーニ)。

ジャンクフードでなく、レストランで食べるピザみたいだね、と夫と意見が一致した。



* * * * *

ウサギ編。

ニンジンをあげてみたら

1羽は食べてくれたが、もう1羽はまったく興味を示さなかった。

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そして明日は……


またカレイを買ってある。
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by orandanikki | 2015-08-12 04:11

2015年8月10日

きのうのダム広場。

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はたちの夏にここで大道芸を見てワクワクして

どうしたらまたここに来れるだろう?!

そうだ、「アムステルダムの大道芸」という卒論を書こう! と思った。


1ヶ月の滞在でフィールドワークをして、

今度は住んでみたくなってオランダ政府奨学生に応募して。


最終選考で落ちて、ワ〜ッと泣きながら

どうしたら留学できるか考えて、

よし、推薦状を書いてくれる先生をオランダに探しにいこう! と決定。

(また何度も書いた話をしています。)


東京のように日蘭学会もなかったので、

大阪の民族学博物館でフリースランド語のできる

おじいさんの先生がいらして、

とりあえず彼に会いにいくことからはじめることに。


訪ねていったらちょうど客員教授にアムステルダム大学の先生がいて、

その先生を頼ってオランダに推薦状を書いてくれる先生を探しにきて

翌年、無事に奨学金をもらえたのだった。


「さきさんの目を見ていたら、

この子を助けないといけないと思いました」とヤン(アムステルダム大学の先生)が

のちに教えてくれた話を昨夜、何十回目かに夫に話していたら、


「おじいさんの先生に会いにいった、

するとそこにアムステルダム大学の先生がいて助けてくれた……

まるで紙芝居みたいな展開だね」と言うので笑ってしまった。


でも、自分でう〜んと考えて必死にがんばれば

だれかがかならず助けてくれる、ということが

これまでに何度もあったから、

これからもそれをつづけていきたい。


そして、

自分もそんなふうにだれかを助けることができればもっといい。


日常の些細なことにフォーカスしがちで

周りの人たちの協力と自分の力で夢を実現してきたことを

ふだんのわたしは忘れているけれど、

この間のライツェ広場だけでなくダム広場も

32年前といまをつないでくれる場所。


色々、大変なこともあるけれど

ふと立ち止まり、(夢が叶っていたんだ!)と思った瞬間でした。
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by orandanikki | 2015-08-11 05:25

2015年8月8日

歴史家だった父が歴史教育について述べたもののなかに

「歴史というものは善と悪を呑みこみながら、

そして当事者のまったく予期せぬ結果を生みだしつつ

発展してゆくものだということを理解させることこそが、

本当の意味の歴史教育なのではないか」という言葉があった。


広島での8月6日の様子を1日中、ニュースで見ながら

空襲で亡くなった父の妹たちが生きていたら

父の人生は、わたしのそれはどうだったのだろう、と考えた。


生まれてきた娘がかわいかった妹たちとまったくちがう

かわいげのない子どもでガッカリしたのはほんとうに気の毒だったが

「でもそれが〈勉強〉だったのにね」と夫とさんぽの途中に話した。


父と戦争体験の個人的な話がしたかったが

どうしても心の扉を開いてもらえなかった。


その後の人生は大変だったよね、と言うと、

大変なんてものじゃなかった、と言ってから

あるスポーツ選手の話をした。


壮絶な体験をしたスポーツ選手が世界の頂点に立ったとき、

実はあのとき、もうやめようかと思っていたと言うのを聞いて

それくらいのことで、なんて情けない奴だ、と思ったのだそう。


乗り越えて、世界一になった人のことも〈情けない〉というのを聞いて

もう返す言葉がなくなってしまった。


『ヨーロッパの100年』の著者ヘールト・マックさんと

神戸で両親と弟と食事をしてから東京に移動したとき

歴史家どうしの会話の端々から個人としての父を感じ取り

「お父さんは深いトラウマを抱えた人」と言っていた。


父との食事会の前に母がマックさんに話したエピソードから

祖母が娘たちが亡くなったあと、父につらくあたっていたことを知ったので

「祖母があんなふうでなければよかった」と言うと、

「おばあさんはおばあさんなりに娘を失った深い悲しみで

お父さんのことを受け留められなかったのだろう。

みんなが悲しみを抱える……戦争とはそういうものだよ」と教えてくれた。


父とわたしの関係をすべて戦争のせいにはできないけれど

大勢の戦争体験者と話をしてきたマックさんの言葉で

ちがう角度から親子関係を見直すことができるようになった。


国が戦争に勝っても負けても

大切な人を失った悲しみは変わらない。


現在の日本の方向性について

直接的に発言したり行動したりしないことを

見下すような風潮を感じるけれど、

馬鹿にされてもいいから自分なりの方法で

考え、できることをつづける姿勢を保ちたいと思う。


父との関係についてはボロボロになるまで試みて

おたがい傷づけながらもある意味、深い関係だったので

後悔はないのだが、

最初に挙げた言葉をリスペクトしていることを

伝えることができなかったことだけは残念だ。
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by orandanikki | 2015-08-08 21:11

2015年8月5日

月曜の夜、息子の彼女の両親のところでバーベキューでした。


ガッツリとソーセージやハンバーグを食べる日。

たまにそういうのも楽しい。

前夜はベジタリアンを食べてバランスを取るようにして

準備万端で臨んだらーー


今年のバーベキューはちがった!

どれもこれも、よい素材で準備に時間のかかるものばかり。


まずはサーモンとトマト。

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サーモンはラム酒入りのマリネ液に漬けこんだもの。

魚臭さがぜんぜんなく、ふわっと口の中に味のハーモニーが広がった。

焼き加減も最高。


トマトには前もって作ったニンニクチップがたっぷりかかっていて

お皿の上でチーズをかけていただいた。


ビックリしたのがこちら。

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野菜のホイル包み焼き。


野菜を食べない一家だったのに!

「ショウガはマッチ棒のように切るの」とお母さん。

彼女がショウガをいっしょうけんめい切っている姿が目に浮かんできた。


野菜そのもののおいしさにショウガやゴマの風味が合わさり

わたしと夫はウットリ。

お父さんと弟くんもおいしい! と言っていた。

お母さん、去年のバーベキューではせっかくお父さんが焼いてくれた

ズッキーニやナスをひたすら拒み、肉だけを食べていたのだが、

ホイル焼きの半分はちゃんと食べていた。


お母さんが「あなたたちになにかごはんのものを作りたくて」と

自分の記憶を頼りに作ってくれたパプリカの詰め物も

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お母さんのオリジナルレシピのサテも

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とてもおいしかった。


「肉をたっぷり食べるつもりで来たのに

こんな特別なバーベキューだったなんて!」と驚きっぱなしのわたしたち。


そしてもっと驚いたのは「ありがとう!」と言うと、

「こちらこそありがとう!」と言ってくれたこと。

「キミたちだから、新しいレシピを試してみる勇気が出たんだよ」と。


ごくごくふつうの、気取ったところのないオランダ人家庭で

最初のころはアジア人のわたしたちにとまどっていた。

「トマの使用説明書はないの?」と冗談めかして言われたのも

ホンネだっただろう。


わたしはわたしで「あなたたちの娘さんとおつきあいさせてもらって

とても嬉しい」と言うと

「そう」としか言われず、心の中で

(えぇ〜?! わたしたちも嬉しいって言ってよ!?)と叫んでいたし。


でも彼らが少しずつ心を開いてくれて

〈おもてなし〉とか〈野菜を食べる〉とか〈ありがとうと言う〉とか

すごいレベルでできるようになっていて

わたしは「料理がおいしすぎて言葉が出ないわ笑」と言いながら

もっと大きな感動を味わっていた。


これはやっぱり、わたしの目指している

草の根の文化交流。


こんなふうに自分の周りから少しずつ

いいものをおたがいに与えあえたら、

嬉しさの相互作用が浸透すれば、

きっとなにかが生まれて育つはず。


お父さんが勤続25周年記念にバーベキューセットといっしょに

もらったのがこちら。

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アメリカのシェフの著書で

ヒツジやブタの丸焼きなんかもあった。


また来年、いっしょにバーベキューできるといいな。

そして、今度はうちでなにをいっしょに食べようかな。


不思議な縁で2家族をつなげてくれた主役たちも

元気にやっているよう。


ほんとうに楽しくておいしいひとときでした。
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by orandanikki | 2015-08-05 19:25

2015年7月31日

三角形についてちょっとだけ追記あり。


きのうはメキシコ料理、Elvinoへ。

前回は体調があまりよくなくて無難なステーキにしたのだが

今回はメキシコ料理を楽しんだ。

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夫のファヒータもわたしのエンチラーダもおいしかった。

どれもちゃんと素材を活かした味。


前菜は夫がナチョスでわたしがコーンスープ。

ぜんぶ食べるとメインが入らなくなるボリューム。

グルーポンでアイスクリームのデザート付きだったのだが、

おなかがいっぱいでカプチーノにした。

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紅茶を毎日、愛飲しているSimon Leveltのカップ、

はじめて見た。

おいしいカプチーノだった。


前回のグルーポンではドリンク代は別だったのに

今回は込みになっていたので、

お会計では笑顔で「なにも払わなくていいよ」と言われて

チップを払っただけだった。


グルーポンでドリンク代を取らない店、はじめてだったので

気持ちのいいサービスに感動した。


似たようなレストランの並ぶLange Leidsedwarsstraatで

生き残るのは容易なことではないだろうけれど、

笑顔のシェフがきちんとした料理を出していて

気持ちのいいお店。

またぜひ行こうと思う。


その後はフォンデルパーク。

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「バカンスに行く煩わしさがなく

バカンス気分を味わえるねぇ」と話しながらしばしベンチに座る。

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もちろんまた煩わしさ付き、冒険付きのバカンスにも行きたいけれど、

いまはこれでいい。


ちょっとうれしいことがあったので

エルヴィーニョではその話をする。


なにかを実現させたいとき、

むずかしいのは〈やる〉ことよりも〈信じて待つ〉ことだったりする。

とても苦しいので、待たずにちがう選択をしてしまう人が多いーー

夫はそう言っていた。


〈待つ〉前には〈やる〉ことも必要で

それをせずに待っていても、いつまでもなにも起こらないのは当然だけど。

釣り糸を何本も垂らす感じ。


レストランからフォンデルパークに歩きながらあらためて

父とはたちのときはじめて来たアムステルダムで泊まったホテル、

夫とはじめて出会ったバーガーキング、

『天国の発見』の著者、故ハリー・ムリシュさんの家が

わたしの人生で最もだいじな男性の三角形の頂点として

ライツェ広場のまわりに集まっていることを思い出した。


(父がいなければ自分は存在しなかったのだし、

夫がいなければ息子の母親になれなかったし、

ムリシュさんがいなければ『天国の発見』を訳せなかったから。)


アムステルダムはわたし独自のパワースポットだから、

ここにいればきちんと正しい方向にむかっていける、

護られている……

そんな感じがする。
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by orandanikki | 2015-08-01 05:15