オランダ暮らし30年目、やっぱり翻訳つづけてます!
by orandanikki
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2015年2月13日

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昨夜は定番料理〈vullenしないもの〉(満腹感の得られないもの)。

牛すじのついたスカーデラッペン、大豆、色んな野菜を煮込んだポトフ。

ヘルシーすぎて息子には不評なのだが、

今夜、わたしはいないので、

カレーにして彼女もいっしょに食べてもらおうと思って。

野菜を食べない家で暮らす彼女の栄養補給にもなるように。


息子はきのう明け方5時までレポートを書き、

遅く起きてたらこパスタを食べ、

夕方、バナナを1本食べただけで夜中の12時までアルバイトだった。

しかも風邪気味だったので、

遅い帰宅にひさしぶりに心配してしまった。


ごはんを温めて出して、寝ようとしたら、

めずらしく「遅く帰って来て1人でごはん食べるのさびしい」などと

言ってくれたので、よろこんでおしゃべりにつきあった。


しみじみ、母である自分が不思議。


そういえば、うちのとなりでホテルをやっていたおじさんが

上の人の通告で管理会社に追い出され、

トルコ人の若い家族が引っ越してくることになった。

感じのいいご主人とお話ししていたら

10ヶ月の男の子がいることがわかった。


いつの日か孫が来てくれる前にもう1度、

子どもが大きくなっていくのをとなりで見られるのが

ちょっぴり楽しみ。


ちなみに……

ポトフの上に散らした緑のものは

めずらしくダイコンについていた葉を

ココナッツオイルとしょうゆで炒めたもの。

ダイコンは生でも煮ても炒めてもおろしてもおいしくて、

最近、韓国の店でよく買っている。
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by orandanikki | 2015-02-13 19:18

マス料理

新鮮なマスがアルバートハインにあったのでーー

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タマネギ、ニンニク、ヒマラヤ岩塩、コショウ、オリーブオイル、

バジルとともにオーブントースターへ。

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火加減は夫におまかせ。

(180度10分、200度で15分くらいだったそう。)


ポイントはタマネギとニンニクにもしっかり塩を混ぜ、

マスの尾や中まで多めに塩をなじませること。

淡白なマスにコクが出る。


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ごはんとよく合って、大満足でした。


めんつゆもしょうゆもなしにおいしく食べられた。

ヒマラヤ岩塩に漬けるだけで十分、旨みが出る。


インゲンは健康を意識してココナッツオイルで炒めた。

1枚目の写真のビン入り。

EkoPlazaで安売りしていたもの。


息子は友だちの下宿でまずいパスタを食べたそう。

ちゃんといろんな野菜が入っていたのだが、

火力が弱くて生煮えだったらしい。


いろいろ大変なことを乗り越えて

最近、下宿をはじめたばかりの友だち。

うちに呼んでおいしいものを食べさせてあげたくなったけれど、

たとえまずいパスタでも〈自立〉の味は特別なのだろうな。
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by orandanikki | 2015-02-11 19:06

デヴィと地蔵菩薩

きのうはひさしぶりにデヴィとゆっくり話して

日本でのことや仕事のことを聞いてもらった。


オランダ語の記事のコピーももっていって喜んでもらった。

ぜったいにできると思ってたよ、と言ってくれた。


息子の記事の載った雑誌も見てもらった。

親子で1ヶ月以内にはじめて雑誌に掲載されたのは

やっぱり不思議な偶然。

〈はじめて〉は1度しかないのだから貴重な、意味のあることだと思う。

子育てと仕事がぎゅっと凝縮されたようなできごと。

それをデヴィもわかっていっしょに喜んでくれた。


マイナスなできごとに関して、デヴィはなんというかな、と

ちょっと不安だった。

お説教めいたことを言われるかもしれないと思っていたのだが、

もうあなたにできることはないのだから、それでいいんだよと

言ってくれた。


そして、バッグの中からきのうの栞を出してプレゼントしてくれたのだ。

熱心にサンスクリット語での名前とか、

いつも棒を手にもっていることとか、

子どもを助けてくれることとか話してくれるのを

ふんふんと聞いていたら突然、あっと気がついた。


「これ知ってる!

……父方の霊園にあって、いつもかならずおまいりしている!」


そういえば秋に撮った写真もあるはず、と探して

デヴィに見てもらったのがこちらーー


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そう、これのことよ! というデヴィと

あぁ、これだったんだ、と納得するわたし。


いままでの〈インド人〉〈日本人〉という関係を超えて

根っこのところが繋がった瞬間だった。


若いころ、インドの文化に興味をもっていたけれど

自分とは異なるものとして捉えていた。

歴史の授業で大乗仏教が…と習ったことも

暗記しただけで、日常のお寺で手を合わせることとは

自分のなかでつながっていなかった。


デヴィをとおして生身で文化を感じ、

時の流れの壮大さを俯瞰したようなひとときだった。


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書いてくれたサンスクリット語。


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ウィキペディアに載っていた。


地蔵菩薩はサンスクリット語ではクシティ・ガルバ。

クシティは「大地」、ガルバは「胎内」「子宮」の意味で、

意訳して「地蔵」としているそう。


「菩薩」をウィキペディアで調べると、

デヴィの書いてくれた〈ボーディ・サットバ〉といういう言葉が出てくる。

サンスクリット語だったんだ!



不思議だな。

(また何度も書いた話になるが)

インドで大道芸の研究をするはずが

大学院の試験の時間割を見まちがって失格。

オランダに留学することになり、

ショッピングセンターで声をかけてくれたデヴィは

わたしが大学院でお世話になるはずだった先生の知り合いだった。


インドに行く縁はなかったけれど

オランダで出会った〈インド〉がデヴィで、

栞をとおしていちばん身近な原点のような

地蔵菩薩に再会したーー


たった1枚の栞だけれど、

デヴィのわたしへの気持ちによって

壮大な世界と小さな自分が繋がっているようで

しずかにワクワクしている。


……そんなお話でした。
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by orandanikki | 2015-02-10 19:56

地蔵菩薩

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デヴィとお茶。

わたしのことを想って買ってくれたという栞。

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……出かける時間になってしまったので、

明日、つづきを書きます。
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by orandanikki | 2015-02-10 02:53

ニューヨーク

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仲良しだった友だちとお別れランチ。

お揃いのきれいな石をプレゼントしてくれた。

大好きな色で、形もかわいい。

ずっとだいじにしておたがいのことを想い出そう。

ありがとう!

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連日、お別れ会で疲れ気味の彼女。

胃が痛くなってしまって、いっしょに胃薬を買いにいくことに。

いつか、こんなこともなつかしく思い出すんだろうね、と話しながら。


中華の店でのさいごの会話が他人のあまり楽しくない話だったので

家に帰って寝るという彼女としばしベンチに座って

さいごに2人だけのちょっといい話をして

おたがい楽しい気分でお別れした。

名残惜しくて2度、ハグをして。


次に会うのはニューヨーク。

まったくの未定だけれど、

いつかかならず会いにいこう。

楽しみな未来。


晩ごはんはーー

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持ち帰った中華と鍋の残りの味噌汁(いくこさんのお麩入り)、

きのうの残りのサバ、ブロッコリー入りサラダ。


* * * * *

この石が……

ニューヨークに連れてってくれる魔法の石だといいな。
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by orandanikki | 2015-02-09 04:02

第二言語と脳の老化

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きのうは寒いなか、あそびに来てくれたアンドレのために

オーガニックの鶏ミンチでふわふわ団子鍋を作った。

食べやすいようにごはんといっしょにスープ皿で。

キムチも食べさせてみた。

サラダを作ろうと思ったらトマトしかなかったので

塩コショウ、お酢、めんつゆ、オリーブオイルで和えて。


お鍋はおいしいと2杯たっぷり食べてくれ、

キムチは辛くてニガテだったみたい。



さて、きのうも自分のオランダ語について一人反省会。

腰が炎症をおこして…と説明しようとしたのだが、

いつもはすんなり出てくるontstekingという言葉が

そこまで出かかっているのに出てこない。


「あ~オランダ語が下手になってる。気まずい…」

「それを描写できない?」

「できない」

なぜならそのときのわたしの頭には日本語で〈膿む〉という単語しか

浮かんでいなかったから。

日本語でも〈炎症〉という言葉を失念していたし、

頭がなんだかぽかんとなっていて〈炎症〉を

説明することもできない。


でも脳のどっかから突然ontstokenという言葉が出てきて

「ontstokenだったっけ?」

「そうじゃない?」

「いや、ちがう」

……と、せっかく思い出した言葉を今度は正しい言葉だと

認識できなかったのだ。


そこでいったんトイレに行って、一呼吸置いて考え直してみたら、

それで合っていたことがすんなり腑に落ちたのだ。

ontstoken(炎症をおこした)とか

ontstekingspijn(炎症による痛み)と言いたかったのだ、と。


「いや~、ビックリした。言葉が思い出せなくて

それから言葉を思い出したのに、

それが正しいと認識できなかったなんて、はじめて!

でも、オランダ語だからじゃなくて日本語でも起こるような気がする」

と言ったらアンドレもそうだね、と言って

映画を3本つづけて観たら、最初になにを観たか思い出せなくなって

いまは最後になにを観たかも忘れてる、という話をしてくれた。


50を過ぎたわたしたちの記憶力が悪くなっているのはまちがいない。

たとえ何語を話していても。

でも、わたしの言ったことはちがうかも。

いやでも、〈炎症〉という言葉も実は思い出せなくて

〈化膿〉の同義語を探したくらいなのだが。


でもでもやっぱり、日本語で〈炎症〉と思い出して

それが正しい単語だと認識できないことはないよなぁ。


あ~、やがて哀しき外国語。


記憶力の衰えをフォローするのは会話のクオリティー。

きのうも政治から更年期まで色んな話をした。

Wie is de Mol?やDe wereld draait doorの話でも盛り上がった。


あと、わたしはやっぱり自宅でリラックスした状態だと

オランダ語力が落ちる。

仕事だったり他人の家におじゃましたりすると

脳がきちんとしているのだが、

いちばん初歩的なミスをしやすいのが

自分ちでリラックスした状態なのだ。

悲しいけれど、真にリラックスして

文法をまったく考えずにオランダ語を話せることはないのだ。


きのうは文法のまちがいはなかったし、

オランダ語の記事も面白かったから

お姉さんと友だちにも読ませた、と言ってくれたけど……。

あ〜、ふつうのオランダ人みたいなオランダ語が話したいんだよなぁ。


リラックスしていても第二言語のレベルが同じであるのは

母国語であるかブロークンであるかのどちらかなのではないかと思う。


こんなことをその場で考えたわけではないけれど

けっこうインパクトがあったので、

きのうの夜が楽しかったかと聞かれれば

ちょっとちがうビミョウな感じ。


でもきっとわたしはこれからこのエピソードを

オランダ人の友だちみんなに話してネタにするだろうな。


自分のオランダ語がこれからどうなっていくのか

とても興味深いことだけはまちがいない。

これも〈異国で死ぬまで暮らしてみたら〉という

わたしのごく個人的なプロジェクトの一環として

楽しみつつ体験していこう。

いつかそんな余裕がなくなる日まで……


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by orandanikki | 2015-02-07 20:50

おたがい

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きのうはとても楽しくお話しさせていただいた。

いままでオランダでお目にかかったことのある年上の方たちのなかで

いちばんすてきな方でした。


自分なりにすべきことをきちんとつづけている人はすてき。

お別れするとき、「おたがいに刺激を得られる会話でよかった」と

言ってくださった。


こちらが言ったことを即否定する年配の方は

わたしは受け付けない。

「それはあかんわ」とか「そんなのダメよ」と言われたら、ガッカリ。

だれかがだいじにしていることを、なんでそんなふうに

決めつけられるのかがわからなくて。

人が悲しい気持ちになるネガティブな言葉を

わざわざ口にする必要性もわからない。


日本人に会うたびに、またそんな不快な想いをしないように

身構えてしまうクセがあるが、

それが必要でなく「おたがいに」と言ってもらえたら

それだけでわたしはうれしい。


年上の人とも年下の人とも

〈おたがい〉でいたいな、と思う。


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さ〜て、アンドレが来るからごはんの用意しよう。
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by orandanikki | 2015-02-07 00:14

2015年2月5日

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はじめての方に会いにユトレヒトへ。

電車が遅れることを見込んで出たら、

早く着き過ぎてしまったので、

お目にかかる方とアンドレにプレゼントを買った。


楽しい会話ができますように……
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by orandanikki | 2015-02-05 21:29

Coffee Companyより

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仕事をもって出たら、

片桐はいりさんのインタビュー入りのお便りが

郵便受けに入っていた。

ありがとう!


『わたしのマトカ』は何度も読んでもくりかえし

ベッドの中で吹き出すほど面白かったなぁ。


さて、がんばろう!
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by orandanikki | 2015-02-03 23:57

2015年2月2日

先週の金曜日、息子の部屋をそうじしていたら

机の上にこの本が置かれていた。

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後藤健二さんの本。


土曜日、彼女が帰ったあとに

「ケンジ・ゴトウの本が置いてあったね」と言ったら

「ほんとう?!」とおどろく息子。


インターン先でもらったものの、

相手も自分も日本語が読めないので

まさか後藤さんの本だとは知らなかったのだ。


日曜の朝には悲しいニュースを聞いた。

思い返してみると、

金曜のそうじのとき、この本を見つけた直後に

ぎっくり腰になったのだった。

それは単なる偶然に過ぎないけれど、

なんとなく、後藤さんの無念さや苦しみを

自分の腰で感じたような気がしている。

いまもとても悲しい。


本を一気に読んでみた。

子ども向けにわかりやすく書かれた文章は

とても真摯であたたかく、好感がもてた。


シエラレオネの元子ども兵士の施設に泊まり

みんなと同じごはんを食べたときのこと。

「わたしも同じものをいっしょに食べました。

自家製のパンはふんわり、ニンジンやジャガイモなどの野菜が

たくさん入ったシチューは温かくておいしくて、

(おかわりしたいなあ)と思ってしまうほどでした。」


元子ども兵士ムリアくんの通う学校に見学に行ったときのこと。

「低学年の子どもたちもとてもきちんとならんで教室に入って行ったので、

わたしは感心してながめていました。」

「たいそう自慢げに話しているのをみて、こちらもおかしいやら恥ずかしやら。

後から知ったのですが、彼は『おれには日本人の友だちがいるんだ、

すごいだろ』って自慢していたそうです。」


多くの人を殺したり、手足を切り落としたりしたムリアくんと

当時のことを話し合う言葉づかいがとてもやさしい。

両親を殺され、誘拐されて子ども兵士になったムリアくんを想いやり、

考えないようにしている、という彼に

「わざと考えないようにしているんだ。でも考えちゃうよね。

そんな時はどうしているんだい?」


将来は大統領になり、戦争のない国にしたいという意志で

人一倍、勉強をがんばっているムリアくんに

自分のボールペンをあげた後藤さん。

ムリアくんはいまもボールペンを大切に、

がんばって勉強しているかな?


世界をよくしたいという強い気持ちはわかるけれど、

まずは自分の奥さんと娘さんたちにプライオリティーを置いてほしかった。

死んでしまってはもうこんなすごい話もわたしたちに伝えることはできない。


オランダの戦争ジャーナリストが後藤さんのことを

すごい人だと話していた。

解放直前と思われていたときには

すぐに読めるように、とおめでとうのメールを送っていたそう。


この本がどういういきさつで息子のインターン先にあったのか

わからないけれど、

わたしにとっては大きな意味をもつこととなった。


わたしはわたしなりの方法で

少しでも世界がよくなるように、ということを頭において

自分にできる小さなことをこれからもつづけていかなければ。

腰が少しずつよくなるのを感じながら、そう思っている。


後藤さんの声が聞こえてきそうな本を読み、

後藤さんの気持ちにそっと寄り添いつつ。

心からご冥福をお祈りいたします。
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by orandanikki | 2015-02-03 06:09