オランダ暮らし30年目、やっぱり翻訳つづけてます!
by orandanikki
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2015年 08月 08日 ( 1 )

2015年8月8日

歴史家だった父が歴史教育について述べたもののなかに

「歴史というものは善と悪を呑みこみながら、

そして当事者のまったく予期せぬ結果を生みだしつつ

発展してゆくものだということを理解させることこそが、

本当の意味の歴史教育なのではないか」という言葉があった。


広島での8月6日の様子を1日中、ニュースで見ながら

空襲で亡くなった父の妹たちが生きていたら

父の人生は、わたしのそれはどうだったのだろう、と考えた。


生まれてきた娘がかわいかった妹たちとまったくちがう

かわいげのない子どもでガッカリしたのはほんとうに気の毒だったが

「でもそれが〈勉強〉だったのにね」と夫とさんぽの途中に話した。


父と戦争体験の個人的な話がしたかったが

どうしても心の扉を開いてもらえなかった。


その後の人生は大変だったよね、と言うと、

大変なんてものじゃなかった、と言ってから

あるスポーツ選手の話をした。


壮絶な体験をしたスポーツ選手が世界の頂点に立ったとき、

実はあのとき、もうやめようかと思っていたと言うのを聞いて

それくらいのことで、なんて情けない奴だ、と思ったのだそう。


乗り越えて、世界一になった人のことも〈情けない〉というのを聞いて

もう返す言葉がなくなってしまった。


『ヨーロッパの100年』の著者ヘールト・マックさんと

神戸で両親と弟と食事をしてから東京に移動したとき

歴史家どうしの会話の端々から個人としての父を感じ取り

「お父さんは深いトラウマを抱えた人」と言っていた。


父との食事会の前に母がマックさんに話したエピソードから

祖母が娘たちが亡くなったあと、父につらくあたっていたことを知ったので

「祖母があんなふうでなければよかった」と言うと、

「おばあさんはおばあさんなりに娘を失った深い悲しみで

お父さんのことを受け留められなかったのだろう。

みんなが悲しみを抱える……戦争とはそういうものだよ」と教えてくれた。


父とわたしの関係をすべて戦争のせいにはできないけれど

大勢の戦争体験者と話をしてきたマックさんの言葉で

ちがう角度から親子関係を見直すことができるようになった。


国が戦争に勝っても負けても

大切な人を失った悲しみは変わらない。


現在の日本の方向性について

直接的に発言したり行動したりしないことを

見下すような風潮を感じるけれど、

馬鹿にされてもいいから自分なりの方法で

考え、できることをつづける姿勢を保ちたいと思う。


父との関係についてはボロボロになるまで試みて

おたがい傷づけながらもある意味、深い関係だったので

後悔はないのだが、

最初に挙げた言葉をリスペクトしていることを

伝えることができなかったことだけは残念だ。
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by orandanikki | 2015-08-08 21:11