オランダ暮らし30年目、やっぱり翻訳つづけてます!
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2015年 01月 14日 ( 1 )

2015年1月14日

まだまだパリのテロについてテレビで討論がつづいている。

過激派ムスリムの行為を許さず、自分はちがうと

個々のムスリムが表明すべきという声があれば

クリスチャンのテロリストがテロを起こしても世界中のクリスチャンが

そんなことを表明しないのに、なぜイスラム教徒だけそんなことをしなければ

ならないのか?! という声もある。


どちらにも一理あるので、討論を聞いていると「そうだよ!」と思うことが

たくさんあるが、しばらく聞いているとやっぱり同意しかねることが出てくる。


昨夜のJinekに出ていたムスリムの若者たち、いいことも言っていたけれど、

〈我々(ヨーロッパ人)、彼ら(ムスリム)〉という分け方が問題と言っていながら、

熱くなってくると結局、自分たちも〈我々ムスリムは〉と分け隔てて話していた。

オランダで育ち、自分たちをオランダ人と言いつつ、やはりそうなのだ。


人間は万国共通に保守的でなかなか変わっていけないものだし

若者のほうがより保守的であったりするものだと

どの国を見ても思う。


息子は一貫して個々のムスリムがパリのテロを許さないと発言すべきという考え。

わたしは〈日本人だから〉というだけで同じような目に遭うとしたら

自分は発言するだろうか? 自分が特定の日本人とちがうことは自明なのだから

そんなこと言いたくないと思う、と

いまの多くのムスリムの心情に似たことを言っていた。


それは理想的な世界におけることで

いまの状況はそういう自明性を欠く非理想的な世界だから

明確な発言をすることが必要なのだ、という息子の意見に

またほうっと思った。


そういえば、息子が子どものときには

息子が社会で不当な扱いを受けることをけっして許せず

あらゆる小さなことにわたしが発言して

状況を変えてきたことを思い出した。


息子の名前をからかってトマーチェ! と言っている子どものところには

ずんずん近づいていって

「すごい嫌だからもうぜったいにやらないでね」と言ってビビらせたし、

通りで孫がころがしたボールを息子に取りにいかせた車いすのおばあさんが

お礼も言わないので「取ってもらったらなんて言うの?」と言って

お礼を言わせたし、

通知簿の内容が不満だったら学校が開く前に門の前に立って

校長と話をしにいったし、

スイミングの検定試験を次回に見送られそうになったときには

走ってプールにかけつけて、コーチにかけ合って受けられるようにした。


言わなければわからないことはきちんと発言する。

テロリストと自分はちがうのだと発言することとは

あまりにもかけ離れているのかもしれないが、

うやむやにせずに個々の人間が自分の周りのことだけでも

明白にしていけば、社会はちがうような気がする。


ムスリムの人たちが近所のオランダ人とふつうに話せる関係であること。

政治や世界情勢は一市民には変えることができないから

自分の周りだけ変えていくことはだいじだと思う。



戦争とかテロとか、

西欧と非西欧の歴史的な関係を踏まえずに語ることはできないから

完全にどちら側ということはむずかしい。

「やっぱり歴史をちゃんと知ることが必要だ」と寝る前に

心の底からつぶやいていた歴史を学ぶ息子。

歴史を学ぶ意味がぐんと増す感じ。


わたしはというと――

息子という大切なものを護ろうとした経験を思い出して、

もしいまのムスリムのように自分の立場を明確にする必要が出たら

そのときには自分は発言するだろう、と思った。

とりあえず、いつでも社会に目を向けて、自分の意見をもつようにしたい。

たとえ浅かったり、ズレて自分の話になってしまったりしても

考えないよりはマシだと思う。
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by orandanikki | 2015-01-14 20:25