オランダ暮らし30年目、やっぱり翻訳つづけてます!
by orandanikki
以前の記事
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
お気に入りブログ
メモ帳
リンクフリーです。
記事・画像の無断転載はお断りします。

メールはお気軽に
sakiamsterdam@gmail.comまで。
ハリネズミの感想もうれしいです!

以前のオランダ日記はこちら。
ライフログ
最新の記事
2017年5月26日
at 2017-05-26 22:29
2017年5月25日
at 2017-05-26 02:52
2017年5月23日
at 2017-05-24 03:29
2017年5月21日
at 2017-05-22 03:22
2017年5月20日
at 2017-05-21 02:43
外部リンク


2013年 08月 03日 ( 2 )

寂しかった

わたしはもともと協調性がなくて

自由で、独りが好きな人間だったはず。

だからヨーロッパ1人旅もしたし、

オランダ留学もした。

それなのに、こんなに1人でいるのが

寂しい人間に変わってしまっていたなんて……

ある意味、今回、いちばん衝撃的なことでした。


人とアポがあり楽しくお話しできれば

わたしの毎日はまわっていく。

あらためて自分は人との会話、温かさで生きてる人間なんだ!

と思い知った。


たった1度あった、アポがゼロの週末。

その寂しさは拷問のように感じられた。

f0275876_21582166.jpg


1人で食べたFrituur no1のフライドポテト。

寂しかった~。

f0275876_2214619.jpg


植物園ではおばあさんとよもやま話。

f0275876_2245613.jpg


時間がたっぷりあるので大道芸にも立ち止まってみたり。



夫が(彼の)誕生日に来てくれたときには涙をこらえて食事。

f0275876_2242331.jpg


この中国人だらけの光景は

そのときの感情とともにずっと脳裏に残りそう。


夜にはホテルにいっしょに泊って

暗闇で慟哭しました(笑)

どうせパパのほうが先に死んじゃうから

寂しい~! って。

ふだんにくたらしい妻に

こんなに愛されてるなんて……

忘れられないバースデーになったことでしょう。


なんでかな。

1人だったときとあたたかな家庭ができてからでは

〈ひとり〉の意味がちがうような。


そして不思議なことに

(寂しい~! 誰でもいいからわたしに話しかけて~っ!)という

気持ちでいると、逆に人は話しかけてくれないみたいなのだ。

アムステルダムではあんなに声がかかるのに

なかなか話しかけてもらえなかった。


このことに関してはDe Morgen紙に

アントワープ出身でアムステルダムで勉強している

女学生が同じことを書いていた。

道で誰とでも気軽に話のできるアムステルダムに病みつき、と。


まぁ、だから、土地柄であって

〈寂しさと話しかけ〉についてのわたしの仮説は

あってないのかもしれないけど。


f0275876_22131862.jpg


スタバのおにいさんが

「練習でつくったコーヒー、あげるよ」ってプレゼントしてくれたり

そんなことがとても嬉しかった。

(ハッピーアワーで胃の調子が悪くなったので

わざわざ避けていったんだけど……

フラット・ホワイト、とってもおいしかった。)


カフェのトイレでペーパーがなかったとき

男性トイレのペーパーを

渡してくれた人がいたり。


アムステルダムと同じようにまわりが接してくれるようになったのは

やっぱり、自分のなかの奇妙な孤独感が薄らぎ

ふつうでいられるようになってからだった――

少なくとも、わたし自身はそう感じました。


MASという博物館の一部が民族学博物館になっていて

〈生と死〉という2フロアーを使った展示が

文化人類学を学んだ者にはとても興味深かった。

f0275876_2223415.jpg


〈笑いながら死んでゆく〉なんてステキだな、と思って写真を撮り

説明を読んだら、

薬を飲ませて無理やり笑わせて踊らせて

さいごは首を斬る、という儀式なのだそうだ。


f0275876_22252711.jpg


「これ、パパとさきちゃんとトマ」と

帰る前日、迎えに来てくれた夫にも見せたアフリカの像。

死者とともに埋められていたもの。


「パパが先に死んじゃうって悲しんでたんだけど

MASで世界中の色んな民族の人が

昔からずっと死を体験してきたんだから

あたりまえのことだし、

そんなに悪いものじゃないんだって思えた」

帰ってきて息子に話すと、

「博物館に行かないとわからなかったの?」と

辛口のコメントをもらったが。


寂しさのなかで大切なものがいろいろと見えた。


たった4週間なのに、

なんであんなに寂しさに堪えられなかったんだろう?! と

いまでは笑い話になっているけれど

あのなにもない週末の底なしの寂しさは

体験した人でないとわからないと思う。


住み慣れた環境(わたしでいえばオランダと日本)での

独りとは質がちがう。


わたしの場合はスカイプで話しても

寂しさには効かなかった。

そのときの夫の対応がよかった。

「じゃあ、パパがそっちに行こうか?」と言ってもらえると

「いいよ、大丈夫」とこちらが言える。


そこで突き離されて

「それを乗り越えたら成長できるから頑張れ」などとと言われたら

心が冷えそうだ。


オランダに帰ってきたら

同じような状況にあった若いカップルが別れていたので

夫との対応の少しの差がその結果を招いたのか、という気がする。


たかだか〈寂しさ〉ごときでなにを騒いでいる、と

馬鹿にされるかもしれないけれど

とても奥深い根源的なことのようにも思える。


いずれにしても、

わたしは最初に書いたとおり

もともとは人とうまく接することのできない人間だったので

こんなに人が好きになれたことは

ある意味、成長なのだと思う。


まったくなにがいいたいのかわからなくなってしまったけれど

とりあえず〈寂しい〉がわたしのこの夏のテーマでした。


夫だけでなく、アントワープで会った友だちや

文学基金の人たちとも

正直に「寂しい」と話したことで

心を開いた会話ができた。

f0275876_2391926.jpg


スタッフランチで

アメリカを単独自転車で横断した人の冒険をテレビで見た、という話題になり

「その壮絶さに比べたら、わたしのアントワープでの冒険とか孤独とか

ヘみたいなものよね」と言って笑ってもらった。


とにかく、寂しさとか、マイナスの感情からも

いいものがいっぱい出てくるんだ、と

帰ってきて落ち着いたいま、

思っています。


大切なものを見失っているようなとき、

日常の良さを再発見したいようなときには

知らない街で〈ひとり〉という根源に戻ってみる、という

荒療法がいいかもしれません(?!)


そしていま、気がついた。

1人だったときには「寂しい」と言うとかわいそうな人になってしまうので

寂しさも含めて「楽しい」と自分を信じこませていた、ということ。


「寂しい」と素直に言えることそれ自体が

ありがたいことなのだと。


50歳の旅で見つけたのは

そんなことだったのかもしれません。
[PR]
by orandanikki | 2013-08-03 23:35

アントワープ、翻訳者の家

時間がたって、どう書けばいいのかわからなくなってきたので

簡単に。


アムステルダム同様、アントワープにも〈翻訳者の家〉というのがあって

1ヵ月、住ませてもらえて、生活費ももらえる、というシステム。

文化関係の予算が削られていくなか、

贅沢なことだと思う。


アムステルダムには5人の翻訳者が同時に滞在できるのだが

アントワープは2人。

不思議な共同生活で、

まったくの他人だった2人が突然、

ディープな会話をしていたりすることになる。

いろんなことがありました。


自室にトイレとシャワーがあるのだが

f0275876_421853.jpg


いちばん奥がわたしの部屋。

f0275876_4233165.jpg


手前のドアの外が共同のキッチンなので

トイレやシャワーのとき、バスルームのドアがないのが

ちょっと恥ずかしい感じ。


部屋には鍵がかかるから

そんなには気にならなかったような、

相手のいる前で鍵を閉めるのも気まずくて

やっぱり気になったような。


朝のトイレタイムはなるべくなら

相手が起きる前に済ませたいのだが、

起きてきてしまってキッチンにいる場合には

さりげなくYou Tubeで音楽を流したり。

(ぜんぜんさりげなくないか 笑)


そんなには気にならないけど、

やっぱり気になる――

何十年ぶりかの他人との共同生活は

まさにそんな感じで

自宅にもどってきたときには

正直、ホッとしました。


気になる相手はスペイン人50歳男性。

気楽な独り者。

あちらの食事時間が

4時にランチで10時に夕食だったので

数回しかいっしょに食事はできなかったのが

ちょっと残念だった。


まぁ、いろいろあったけれど

めったにできない面白い経験でした。

(ここに書けないのが残念!!)



仕事面ではわたしは他の翻訳者がドタキャンした

ピンチヒッターで呼んでもらったので

現在、フランダース文学を翻訳中、というわけではなかった。

でも、ちょうど、

『残念な日々』のなかの1章が

クレストブックスのアンソロジーに入れてもらえることになったのが

不思議な偶然でした。


会いたかった作家の方たちにも会わせてもらったし

ぜひまた面白いフランダース文学を紹介したい。

たくさんの文学基金の方たちに

熱心にフランダース文学について語ってもらったり

とても親切に対応してもらったりしたこともあるし

自分自身、おもしろいと思える作品にも出会えたので

これから形にしていきたいと思っています。


f0275876_564888.jpg


オランダ1,2,3がふつうに見られるので

家と同じ番組やニュースを見ていた。


スペイン人ともう1人の翻訳者と話をしていて

「ぼくはオランダの重要なニュースはすべてフォローしている」とか

「小説のなかに出てくる場所はかならず実際に行ってみる」とか

言っていたのだけれど

それではけっして知ることのない

日常のこと――

近所の人とのつきあい、

トラブルがあって対処しないといけないこと、

子どもの学校のことなど、

ニュースの画面からは出てこないし

短期の滞在では体験しない

楽しいこともわずらわしいことも

いっぱいあるのだ……

ということも話させてもらった。


f0275876_5204350.jpg


屋上テラス、ステキでした。

f0275876_5224593.jpg


友だちと語りながら過ごしたり

f0275876_5254920.jpg


1人でフィットネスルームで走ったあと

きれいな夕日を見たりしていた。


長くなってしまったけれど

いろんな偶然の上に成り立っていたアントワープでの時間。

ラッキーだったよね、で終わってしまわぬように

縁をたいせつにがんばっていこうと思っています。
[PR]
by orandanikki | 2013-08-03 05:35