オランダ暮らし30年目、やっぱり翻訳つづけてます!
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2013年 05月 05日 ( 2 )

Peter van Uhm元将官のスピーチ

ファン・ウーム元将官の戦没者追悼記念日でのスピーチがあまりにすばらしかったので。

こんな内容でした。(だいたいの、ぎこちない訳です。)

 私の父は第2次世界大戦中、ワール河岸で戦った。
 人と人が殺し合う戦争で、父は〈闇〉を見た。
 人々は捕まり、迫害された。彼らが〈我々〉ではなく〈彼ら〉であったために。
 人々は〈彼ら〉が彼らであったというだけで殺された。
 人々は抵抗運動をおこない、非人間的行為と闘った。
 彼らは勇気があるがゆえに命を落とした。
 彼らのことを我々皆で敬意とともに思い出したい。

 幼いときから戦争のことはよく知っていた。
 父の話をとおして、そして我々のために戦った連合軍の話をとおして。
 彼らは我々のために、他国で他民族とともに戦ったのだ。
 私は深い感銘を受けた。
 
 16歳のとき、自分の周りを見てみると、大戦は終結していても、
 生き残った人たちにとっては終わっていないことに気がついた。
 多くの人々はいまだに日々、〈闇〉を感じていた。
 公平さのための闘いは決して終わらないことを認識した。
 自由のための闘いは、毎日、新たにはじまるのだ
 ――個人の中で、そして社会において。
 
 私は自分自身に問いかけた。
 ペーター、何百万人もの人々が奪われた選択の自由がお前にはある。
 人生で何をする? 世界をよりよくするために何をする?
 私は兵役に就くことにした。そこに〈鍵〉がある、と信じるから。
 兵役に就く者は〈私〉〈彼ら〉という考えだけでなく
 〈我々〉という立場でも考えるものだからだ。
 不正に打ち勝つことは、そこからはじまる。
 なぜなら、よりよい世界における自由・平等・公平は
 人々が共につくるものだから。

 息子も兵役に就く決意をした。
 なんと誇らしげだったことだろう。
 息子は他民族のために他国で命を落とした。
 5年と16日前に。
 それからの日々はなんと深い闇に包まれていたことだろう。
 
 理想や明日のよりよい世界にどんな意味があるだろう?
 ――そのために今日、自分の息子を失ってしまったというのに。
 この私もそう自分に問いかけねばならなかった。
 
 息子の死から2週間後、2008年5月4日にわたしはここに立っていた。
 死と向き合わざるを得ない困難なことだったが、意識的に選んだことだった。
 オランダのすべての戦没者にささげられたこの慰霊碑だけでなく
 ここ、ダム広場と国じゅうの連帯感が私を支えてくれた。

 5月4日の戦没者追悼記念日の存在が、軍人であることを苦しく感じた闇の日々に
 私が正しい道を歩みつづけられるよう、助けてくれた。
 5月4日の存在によって、我々皆が正しい道を歩みつづけられることを願う。
 今日だけでなく、残りの364日も。
 5月4日の追想と連帯感が、〈私〉中心時代において
 ふたたび〈我々〉という意識を取り戻させてくれることを願う。
 なぜなら、良いことが生まれるのは〈私〉〈彼ら〉ではなく、
 〈我々〉という意識からだからだ。
 歴史がそのことを教えてくれた。
 我々はそれを思い出しつづけねばならない。
 〈我々〉という考えを忘れない、ということを我々は約束しつづけねばならない。
 それは自分自身との約束であり、他の人たちとの互いの約束でもある。


すばらしさをうまく伝えきれないけれど、だいたいこんな感じです。

いままで聴いたスピーチの中で、かぎりなく最高に近いスピーチだった。
 

こちらも是非どうぞ。(右にスピーチの動画があります。)


この短さで父親から息子のことまで

誰にでもわかる明確な言葉で伝えているのがすごい。

声も、話し方も、わずかな身振りも。

いつかスピーチの機会があれば、これをお手本にしたいと思っただけでなく

まっすぐな生きる姿勢そのものをお手本にしたいと思った。
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by orandanikki | 2013-05-05 23:33

戦没者追悼記念日

いつもどおり夜8時から2分間、黙祷。

オランダ領東インドで日本軍統治下に命を落とした方たちへの花輪もあるので、

やっぱり日本人としてフクザツな想いを感じずにはいられない瞬間。


5年前にオランダ軍の司令官に就任した翌日、

アフガニスタンに派遣されていた息子さんが爆弾で命を落とし

それでも強い意志で任務を務め上げた

ペーター・ファン・ウーム(Peter van Uhm)元将官のスピーチが

とても簡潔で力強く、人間愛に溢れていて、

終わったあと、拍手が沸き起こった。


紹介したかったのだが、記憶力が悪すぎて。

(インターネットにもまだ出てなかった。)


この間の即位式のテーマ〈samen 共に〉に重なることが述べられていた。

今日だけでなく、残りの364日も考え……

〈私〉〈彼ら〉ではなく〈私たち〉で……(記憶があやふや)


なぜなら、〈私たち〉という観点からこそ、良いものが生まれてくるのだから――

という言葉で結ばれていた。


万人の心に響くすばらしいスピーチ。

息子を失ってまで軍人をつづけることの意味を問うていた

自らの苦しみと向き合い、そのことにきちんと触れていたからだろう。


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雲がきれいだった。

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影もきれいだった。

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晩ごはんは2日目ポトフのカレー。

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ベランダで日向ぼっこしながらランチを食べる夫。


この光景も、ジムで新しい体操を習って筋肉痛の体も、

すべては戦争でなく平和だからこそ得られる貴重なものだということ。

明日からも忘れないようにしなくては。
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by orandanikki | 2013-05-05 04:36