オランダ暮らし30年目、やっぱり翻訳つづけてます!
by orandanikki
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人種をめぐる気づき

今日は男子1500メートル。

〈王の種目〉と呼ばれている、瞬発力も持久力も必要な

男子スピードスケートの花形。

わたしはマルク・タウテルトを応援していたのだが

千分の3秒差でクン・フェルワイ(キューン・フェルバイって…)が

2位になったのも残念だった。


マルク・タウテルトまでテレビで見て

今日は腰を整えてもらう日だったのでジムへ。


ジムの入り口でよく見かける男の子といっしょになったので

「ドキドキするね、スケート!」というと

「そうだね…あんまり真剣にはフォローしてないけど

見れば面白いね」という返事。


そうか、オランダ人でも全員が夢中でフォローしてるわけではないんだ!

(考えてみればあたりまえか。)


トレーナーも彼もジムの音のない画面では気づいてなかったので

「クン・フェルワイだよ」と教えていっしょに見る。

マルク・タウテルトはわたしがジムに向かっている間に

1位から転落していたし、クンくんも残念だった。


その後、トレーナーと、オリンピックをめぐるわたしのフクザツな想いについて話す。

わたしもふつうにオランダの選手の活躍を楽しみにしているのに

「日本人もよくやってるね!」とまたまた自動的に

〈日本人枠〉に入れられてしまうのが苦々しい。

もちろん日本人の活躍は嬉しいのだから

なぜ〈日本人〉と括られることにそれほど抵抗があるのか、ということが

自分でも興味深い、という話。


わたしがふつうにオランダを応援しているのは

人生の半分以上をオランダで過ごしているのだから当然のこと。


愛媛県で生まれて、人生の半分以上、東京に住んでいる人とか

東京で生まれて、人生の半分以上、広島に住んでいる人とかもきっと

いつまでも出身地で括られることには抵抗があるだろう。

それと同じことだと思うのだが。


宇宙から地球を見たら、

ヨーロッパの人もアジアの人も〈地球人〉という括りになるはず。

そういう視点で見ることができればいいのに。



外見がアジア人だから、オランダを応援しているということを

いちいち言葉にしないと理解されないのがもどかしい、ということ。


そして、国をあげての応援という場になると

(オリンピックやサッカーのワールドカップなど)

結局、自分はオランダにも日本にも属していない、という気持ちになるということ。


そんなことをトレーナーと話す。

「ふだんはどちらの隅っこにも属している、と思えても

オリンピックとかワールドカップになるとアイデンティティーが揺らいで

純粋に楽しめなかったりする」

……やれやれ、めんどくさい人間だ。


なんでかな? という話をしていて自分で心理分析を思いついた。

(過去の心理カウンセリングでも出た話だが。)

わたしは昔、日本でふつうの日本人の子どもだったとき

まわりとなじめず、いつも〈変わった子〉扱いされていたのがトラウマで、

みんなと同じでいることへのあこがれが強いのだ、ということ。


するとトレーナーが「わかるよ」と言ってくれた。

いまジムでみんなで頼りにされ、こんなにまっすぐな人はきっと

温かくてなにひとつ問題のない家庭で育ってきた人にちがいない、と

思っていたトレーナー。

実は離婚家庭で苦労して育ってきたと聞いて

驚いたことがあったのだが。


それでも外見が典型的な白人オランダ人だから

外見でまわりとちがうという悩みはないはず。

それはたしかにそうだが、

でもそれが、〈外見が白人〉=〈周りと一体〉ではない、

という話をしてくれた。


高校生の3年間、外見は同じでも

周りとまったくなじめずに、どのパーティーにも招待されず

孤独な時を過ごしていたのだ、と。


この話を聞いて、まさしく目が覚めるような気がした。

以前、Alleen maar nette mensenという小説を読んで

純粋なオランダ人なのに外見がアラビア風なので

どこでも差別の目で見られる主人公をとてもせつなく感じたことがあった。

それならば、アジア人の外見のほうがまだわかりやすくて

マシだ、と思った。


アンドレも白人なのにたまにモロッコ系にまちがわれると聞いて

長いつきあいなのに驚いたばかりだ。


でも、わたしはずっと金髪で青い瞳なら

ラクだろうなぁ、と思っていたのだ。

それはある意味、当たっているけれど

結局のところ、誰かと仲間になる上では

それが決定的な要素でない、ということが

トレーナーの話でやっとはっきりとわかった。


その意味で、ものすごくおたがいがわかりあえた。

その点においては人種の壁はぜんぜんなかったのだ。


心からお礼を言ったあと冗談で

「あなたもヘンなんだ」
「ぼくもヘンなんだ」
「わたしたちはヘンなんだ」
「そういう結論にしよう(笑)」と話す。


こうやって心が通じ合うことがいちばんうれしいこと。


実はこの話は昨夜、夫ともしたところだった。

宇宙の話をしていて、それから人種の話になって

夫が言ったのは「パパはあまり考えないようにしてる……

この人は何人だとか、区別はしないようにしてる」


これもまた単純だけど深いこと。


わたしはいい人たちに周りを囲まれているのだな。


これからもまだまだ人種のことで悩んだりするだろうけれど

そのたびに今日の会話を思い出そうと思う。


わたしはきっと、人種のちがいを超えて

人間として成長するためにオランダにやって来たのだ。


夫もトレーナーも、友人たちも、

それぞれの方法でわたしにだいじなことを気づかせてくれる。


苦しくなるんじゃなくて、もっと大きな目で見て

楽しんで学んでいこう。

せっかく縁があってここに来たのだから。
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by orandanikki | 2014-02-16 04:50
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