オランダ暮らし30年目、やっぱり翻訳つづけてます!
by orandanikki
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オランダ語のコラム

やっと久しぶりにオランダ語のコラムを書くことができた。

(こちらからどうぞ)

安楽死の講演の準備に入るまでは

定期的に書けていたのだが

(もうこれでわたしはいつでも書ける!)と思ったのが甘かった。


少し間が空いてしまうと

カンが戻らず、

何度、書いても自分のなかでボツばかりだった。


そして、時事問題について書くには

まだオランダ語がついてこない、という

シビアな事実も発覚。


なにせ、脳の記憶機能が日本語モードだから、

オランダ語で書くには

日本語で記憶された事柄を

オランダ語に再度、翻訳せねばならない。

そのためには語彙が十分でないのだ。

それはこれからの課題。


ボツばかりで気が滅入り、

わたしがオランダ語で書く意味はあるのか、

必要なのか、

もう諦めてもいいんじゃないか、

考えあぐねた。


結果、

自分はこれからなにをして生きていきたいのか

真剣に考えることにまでなり

やはりオランダ語でも書いていきたい!

そう強く思った。


こんなにオランダ文学が好きで

ずっと読みつづけてきて

こんなに翻訳が好きで

何千ページも訳してきて

(発表されていないものもたくさんある)

こんなにオランダ語が好きで

いまだに毎日、勉強していて

こんなにオランダ人とコミュニケーションするのが好きで。


ぜったいにオランダ語でも書きつづけたい。

きっと、10年後にはもっとうまく書けるようになっているはず。


そのためにはまず1つのコラムを書き終えること。

もう途中で投げ出してはダメだ、と

強い意志で日曜日の午前中に

1時間で書き上げて、

これで安心、あとは直していくだけ、と

スタバに行ったのだが――


まだまだここから何度も書き直した。

長くなりすぎないように

まどろっこしい箇所を削っていく作業。


ああ、やっぱり今回も完成しないかも、という

ギリギリの線でなんとか仕上げたものは

ようやく納得のいくものとなった。


息子もいつもは毒舌なのだが

今回は内容にもOKを出してくれた。

編集長も仕事中にすぐに読んで

すごくいいよ! とメールをくれた。


あ~、よかった。


息子が「なんかキレイに書こうとしてるの?」と笑っていたけど

文学的な表現も少しできるようになった、と認めてくれたよう。


オランダ語で書く楽しさを思い出すことができた。


内容は――

この間、書いたオクラホマシティで過ごした夏のこと。


なぜ、日本語もまともに喋れないようなシャイなわたしが

ホームステイすることになったか(母のおかげ)、


農家で馬に乗るのを楽しみにしていたのに

オクラホマシティのサラリーマン家庭でガッカリしたこと、


軍人で横浜にいたことのあるお父さんが

銀座カンカン娘を聞かせてくれたこと、


オランダの音楽を聞かせてくれて

「ホラント、ぼくの両親はここから来たんだ」と

地球儀で教えてくれたこと、


そのとき、異文化について他言語で話すことの楽しさを知り、

文化人類学を学ぼう! と決め、

オランダに留学することになったこと、


お父さんの「ホラント」という声が

いまも頭に響いて、

まるで「いまにキミはそこに行くんだよ!」と

予言していたみたいだったこと……


そんな感じです。


だいじな思い出をだいじな言葉で

書くことができ、

オランダの人たちにも読んでもらえて嬉しい。


いつかもっと多くの人に読んでもらえるよう

これからも少しずつ書いていこう。
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by orandanikki | 2013-06-06 00:24
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